第2話 作楽
転入してしばらくが経ち、少しずつではあるが学校生活にも慣れてきた。
今日もいつも通り授業が終わり、校門を出ようとしたとき、ふと明日の課題を机に忘れたことに気が付く。面倒だが踵を返し、2-Cの教室をがらっと開けると、入り口近くの席にだれか座っている――まだ東海林が眠っていたのだ。
まじまじと顔を見たのはそのときが初めてだった。普段はかなり目つきの悪い彼も、眠ってしまえばただの青年だ。思ったよりも高い鼻や白い肌、恵まれた顔だなと思わず羨む。
「し、東海林くん」
「ん…」
ただこのままずっと眠りこけ、先生に怒られるというのも彼にとっては不本意だろうと、勇気を出して体をゆする。
「もう放課後だよ、起きて」
その言葉にぱちっと目を覚まし、机から起き上がったと思うと、うーんと思いっきり長い腕と足を広げ、のびをした。
東海林は身長180ほどで、スタイルは男の僕から見ても抜群だ。
現に転入して1か月もしないうちに、彼がモテているという確信をもつくらいには女子人気も高い。
長い腕を伸ばし切り、すっと下したかと思うと僕を見て、
「さんきゅー」
と言い、まだ眠そうに目をこすった。
「どうしてそんなに毎日寝てるの?」
「あ?」
キッとにらまれ、しまったと思ったが出た言葉は戻らない。
ただ、僕が知るに体育と休憩時間以外は常に眠っているため、以前から思っていた疑問がふと口からこぼれてしまったのだ。
「ご、ごめん」
「あー…寝れねーんだよな。うちだと。」
「え…大丈夫なの?」
教えてもらえると思っていなかった僕はすこし拍子抜けした。
「まじで昔っから。不眠症とかじゃないんだけど、夢見が悪いっつーか」
(夢…)
「同じような夢ばっか見てまじ胸糞悪くて全然寝た気がしねーんだよな」
「えっ」
(同じだ)
誰もいなくなった教室に西日がさしこんでいる。
「僕も、そうなんだ…、この間泣いてたでしょ。その夢を見ると必ず起きたら泣いちゃってる。昔から。」
「…まじかよ」
普段人と夢の話、ましてや自分が泣いてしまう夢のことなど誰にも打ち明けたことがない。僕は眠れないほどではないし、頻繁に見ることはないが、夢にまつわる悩みは同じだ。少し気まずかった東海林とも仲良くなるチャンスかも、と夢の内容まで細かに話して見せた。東海林は黙って聞いてくれた。
*
「本当にいいの?」
あの後僕は東海林がとあるところに連れて行ってくれるということで、一緒に学校を出た。なんでも、夢の原因がわかるかもしれないということらしい。
少し早歩きで東海林についていく。自分の家とは逆方向で、もちろん知らない道なので迷ってしまったら大変だ。地図アプリも驚くほど、僕は方向音痴なのだ。
「わかんねーけど。もしそうだったらやべーし」
先ほど学校で夢の内容を聞いてから、東海林は何か含んだ物言いをするようになった。その真意は着いてからのお楽しみなんだそうだ。
しばらく歩いていくと人もまばらになり、いわゆる郊外にでた。もうすでに辺りは薄暗く、街灯が明かりをともしはじめる。
「ここ」
ある建物の前で東海林が足を止める。いきなりだったので、早歩きの勢いで東海林にぶつかる。鼻をおさえつつ、建物を見た。
「カルマ研究所?」
建物の前にたてかけられた看板にそう書いてある。カルマってなんだ?研究所?ただの夢見が悪いだけで研究所なんて大層なところに連れてこられたな、と内心笑ってしまう。
「ここ、俺ん家」
「え!?」
こんなヤンキーの実家が、研究所だなんて!と明らかに顔に書いてあったのだろう。
「言っとくけど、居候してるだけだ」
と東海林直々に訂正されてしまった。
2段ほど入り口前に設けられた段差をのぼり、東海林が扉を開けようとした瞬間、がちゃっと先に扉が開いた。
「さくら~!!おかえり!」
扉から出てきた長い銀髪の、女の人?だろうか。それにしては東海林と同じくらいの背で、声も中性的な人が東海林に抱きついた。さくらと呼ばれ、かなりバツが悪そうな東海林。
「だーから人前で名前呼ぶなっつってんだろ!」
「えーなんで?かわいいのに、ね!」
ね!と僕ににっこり微笑みかける。日直をした際に初めて知ったのだが、東海林のフルネームは
それなのに、この銀髪の人は殴り飛ばされもしていない。しかも人前でということは、余程関係性の深い方なのだろう。
「えっと、初めまして。清城美命です。…東海林くんの彼女さん、ですか?」
次の瞬間銀髪の人の目は見開き、東海林の顔は鬼のような形相に変わっていた。咄嗟にまずいことを言ってしまったと悟る。
「あははは、彼女だって作楽!次からそう言おうかな!」
鬼の形相のまま固まる東海林に、大爆笑の銀髪の人。
「あーおかしい!ここじゃなんだし、中入ってよ!」
「あ、お邪魔します!」
そうして中に入っていく二人についていき、廊下の突き当りにある【所長室】に通された。
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