第4話 二人目の転生者

03

 騎士から話を聞いてすぐに両親に呼び出されたことを伝えたエミリオはすぐに王都へと旅立った。

 一介の平民が国王からの呼び出しを断ることなどできるはずがないのだ。

 すぐに移動を始めたおかげで無事期限がすぎる前に到着したエミリオは騎士と別れ、侍女メイドに案内された城の待合室にいた。

 前世でも乗ったことがない馬車に乗ったことや道中での野営など、車や電車がないこの世界に転生してから初めての長距離移動は、エミリオにとって新鮮なことの連続だった。

 特にエミリオが意外だったのは、馬車の乗り心地が想像より悪くなかったことであろう。

 数多の物語では尻が割れるように痛いなど、車と比較して最悪の乗り心地だと表現されることが多いだろう。

 だが、実際にエミリオが乗った馬車は少しばかり尻が痛くなったのはたしかだが、二度と乗りたくないと思うほど悪いものではなかった。

 歩きではなく馬車に乗せてもらえるとわかってすぐにした尻が割れる覚悟が無駄に終わったのは悪いことではないだろう。


「ほんとすごいな……」


 予想外に馬車の技術が高かったこともそうだが、腰掛けている待合室のソファも前世と比べても遜色ないものだ。

 このゲームの世界はなんちゃって中世ヨーロッパ風ということで、技術力が低いと勝手に思いこんでいたエミリオだが心の中でその評価を上方修正する。

 壁には絵画が掛けられ、壺のようなものも置かれているが、生憎とエミリオにはその手の美術品を見る目は持ち合わせていないため前世との比較は出来ていなかった。

 そんなことを考えつつ、出された紅茶を飲んでいると順番が来たのか、準備が整ったのかメイドに案内されて待合室を出る。

 そうしてエミリオがメイドに案内されたのは何の変哲もない普通の扉の部屋だった。

 だが、この扉は地獄へ続くものかもしれない。

 扉を前にしてそんな考えが頭をよぎり、エミリオは待合室で気が抜けていた自分を責めたくなった。

 なにせ扉の向こうには気に入らないと思えば平民の命など簡単に奪うことができる人物が待ち受けているのだ。

 無礼を働くわけにはいかない。

 エミリオは緊張のあまり唾を飲んだ。

 貴族との儀礼は学校で習っていた。

 平民が会う可能性がある騎士や下位の貴族は儀礼の中で多少の失敗があったところで見逃してくれる人間のほうが多いことはエミリオもわかっている。

 実際、騎士とのやり取りで失敗しても咎められることすらなかったのだ。

 だが、相手が国王ともなれば話は別だろう。

 そして、エミリオが学校で習った儀礼は基本的に貴族を相手にすることを想定しており、それがそのまま王族相手には通用しないのだ。

 貴族との儀礼でさえ教わっても使うことなく人生を終える者が大半だというのに、まさか平民が国王に合う状況など想定しているはずがない。

 王都へ向かう道中、使者としてエミリオを迎えに来た騎士に想定されるやり取りに必要な作法は教えられたが、それを待合室で復習しておくべきだった。

 そんな後悔が頭をもたげる。


「入れ」


 エミリオが内心で先程までのことを悔やんでいるといつの間にやらメイドが扉をノックしていたらしい。

 扉の向こうから返事があったので、メイドはエミリオの様子を顧みることなく扉を開けた。


「失礼します。エミリオ氏をお連れしました」

「し、失礼します」


 エミリオはメイドに促されるまま扉の先へ足を踏み入れる。

 正面には書類で山が築かれた執務机が置かれ、そこでなにやら作業をしている男がいる。

 男の姿を詳しく確認するような余裕もないエミリオは執務机の前まで進むと騎士の時と同じように跪いて頭を垂れる。

 待合室を出る直前に紅茶を飲んでいたのに極度の緊張でエミリオの喉はカラカラに乾いていた。


「え、エミリオでございます。国王陛下のお召にあずかり参上しました」

「うむ。面をあげよ。そこに座るといい」


 最初の挨拶はなんとか騎士から教わっていた通りに出来たエミリオだったが、相手からの返答が聞いていた手順と違う。

 そのおかげで必死で思い返していた儀礼的なやり取りの手順がすべて頭から飛んでしまったエミリオは促されるまま近くにあった革張りの椅子に腰掛けるしかなかった。

 エミリオが座ったことを確認した男も席を立つとエミリオの対面にあるソファに腰掛けた。

 相手が正面に座ったのでエミリオはちらりと相手の姿を窺い見る。

 年の頃は30は過ぎていそうだが、40には届かないだろう。

 華美ではないが仕立てのいい服に身を包み、体つきは意外とがっしりしている。

 ゲームで見た国王と顔はそっくりだが、エミリオにはどうにも体つきが違うように思えた。

 だが、彼が国王で間違いないのだろう。

 男が移動してすぐにメイドが男と俺の前に紅茶を置き部屋を出ていった。

 男は上品な所作で紅茶を飲みながらもエミリオの姿をジッと見つめ、紅茶を置くと同時に口を開いた。


「ラブライカ王国国王、キング・ファザー・ラブライカ6世だ……単刀直入に言うが、お前は転生者で間違いないな?」

「っ!?」


 男――キングの言葉は質問ではなく、ほぼ断定しており実質的に事実確認だった。

 見ただけで転生者だとわかるような要素があるはずもないというのに、はっきりと言い当てられたエミリオはキングの言葉に内心で激しく動揺する。

 なぜわかったのか。

 なぜ国王が転生者などという言葉を知っているのか。

 そんな驚きに動揺しつつもどうすればいいのかと必死で思考を巡らせる。

 エミリオが転生者であることは間違いないが、それを正直に口にすることでどのような対応をされるのかがわからないからだ。

 ゲームには召喚者や転生者のような人物が登場することもなく、そういった人間が存在するという描写もなかった。

 前世の記憶を取り戻す前のエミリオの記憶にも転生者などという言葉や概念など存在しない。

 であれば、この世界において転生者がどのような扱いを受けるのかがわからないのだ。


「正直に答えてくれ……というか、その顔はそうだって言ってるようなものだぞ」


 動揺が顔にも出ていたのだろう。

 キングは涼しい顔でそう指摘した。


「そう……です」


 ほぼ断定されていた上に動揺を悟られてしまっては、いくら考えたところで誤魔化しようがない。

 観念したエミリオはキングの言葉に恐る恐る頷いた。


「まぁ、そうだろうな。隠したかったならコロッケとメンチカツを売り出したのは失敗だぞ」

「そう……ですか……」


 呼び出しの原因は前世の知識でコロッケやメンチカツを売ったことだったのか、とエミリオは項垂れる。

 しかし、転生者だと認めたことでキングの態度がどう変わるのか確認するためにすぐに顔を上げた。

 転生者を危険視しているのならば、エミリオがどんな行動に出るのか警戒するはずだが、キングの視線に警戒や必要以上にエミリオを観察するような様子はない。

 危険人物として投獄されたり、即座に死刑にされるなどといった最悪の事態はないようだ。

 そう内心で安堵しつつもエミリオはキングから危険視しているわけではないと言質を得るために尋ねた。


「それで……転生者だと認めた俺は……その……どうなるんでしょうか?」

「ん? どうなるもなにもないだろ? あ、そうか。いや、すまん。普段どおりに話していいぞ」


 エミリオが転生者だと認めても何も反応しなかったキングだが、緊張した様子で尋ねたことが意外だったのか驚いた様子を見せた。

 しかし、すぐにエミリオが緊張した様子でいることに思い至ったようだ。

 平民であるエミリオに王族を相手に普段通りに話せなどと宣った。

 まさかそんなことをするわけにはいかない。

 エミリオがそう返そうと口を開きかけたところで、キングはエミリオがまったく予想もしていなかった言葉を告げた。


「俺も転生者だ」


 キングはあまりにもあっさりと驚きのカミングアウトをするのだった。

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乙女ゲーの世界に転生したんだけどポジションがどう考えてもおかしい ししだじょうた @shishida

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