第3話 招喚

02

 エミリオが前世の記憶を思い出してから半年が過ぎた。

 ポーションを飲んだおかげなのか、突然倒れることや頭を打った後遺症のようなものが残ることはなく、体は至って健康だ。

 また、その半年の間に判明したのは、エミリオの予想通り彼こそがゲームの主人公ヒロインエミリアと同一人物で間違いないことだった。

 街と領主の名前やパン屋の位置など理央の記憶に残っている範囲で確認できるすべての結果がエミリオの両親がエミリアの両親であることを示している。

 自分が生まれた際の女性名の候補がエミリアだったことなども決め手の一つだ。

 そして、成人前に行われる魔法適性の検査で光属性の適性が判明したのが止めとなる。

 そんなあまりにも予想外の出来事に確認を終えた直後は呆然としてしまったエミリオだが、今の彼はそんなことは関係ないとばかりに実家のパン屋で盛大に売上を伸ばしていた。

 それも全て前世の記憶のおかげだ。

 それなりに料理が発展しているもののこの世界では異世界料理改革の定番である揚げ物がほとんど存在しなかったのが幸いである。

 そこでエミリオが提案したのが、メンチカツバーガーやコロッケパンなどの惣菜パンだった。

 最初は食物油を大量に使用する点などから両親から反対されたエミリオであったが、理央が幼い頃に食べた肉屋のコロッケに天啓を受け、問題が解決する。

 父親――エドモンドの幼なじみで肉屋を営むテッドを巻き込んだのだ。

 領都の南地区に流通する肉のほぼすべてを賄うテッドの肉屋である。

 そう、ラードだ。

 毎日捨てるほどのラードを利用したのだ。

 パン屋で捨てるしかない固くなったパンをパン粉にし、肉屋で捨てるラードで揚げる。

 本来捨てるものを使うのだから原価は0に近くなるわけだ。

 さすがに捨てるラードをもらうだけなどという悪どい手段は取ることができず、廃棄肉を利用したメンチカツのレシピを対価にした。

 ラードはメンチカツに使うパン粉と交換だ。

 油を大量に使う高価な料理にしか思えないものが信じられないほど手頃な値段で食べられる、その上美味いと話題になり、メンチカツとコロッケパンは売れに売れた。

 予想以上に客が押し寄せてきたため、学校から帰ったエミリオも毎日クタクタになるまで手伝う羽目になったほどである。

 つまるところ、疲れすぎて自分が主人公ヒロインだとしたらどうなってしまうのかなどと考える暇もなかったというのが正しいかもしれない。




 そんな揚げ物バブルで大忙しのある日、開店前の店を三人の人物が訪れた。


「あ、すいません。まだ開店前なんですよ。もう少々お待ちください」


 学校も自由登校になり、朝から家を手伝うエミリオは入ってきた人物にそう声をかけながら小麦粉の袋を作業台に乗せる。

 さて次の作業を、と動こうとしたところで先程の客がまだ外に出た様子がないことに気が付いた。

 訝しげに調理室を出て、店に入ってきた男たちの姿を確認すると思わず動きを止める。


「君がエミリオ君だね」


 後ろに二人の兵士を連れた騎士がそこにいた。

 エミリオが驚くのも無理はない。

 一般の兵士は前世で言えば街の警察官に相当し、巡回などで町中を歩き回っているのも珍しくはない。

 なにか事件が起きれば情報を求めて近くの住人や店に聞き込みに行くのも普通のことだ。

 だが、騎士は違う。

 騎士は貴族であり、軍人だ。

 前世の感覚的には警察官僚と軍人両方の側面を持ち、戦時でもなければ街で起きた小さな事件ごときで現場に出ることなどありえない。

 騎士が現場に出るなどよほどの大事件か凶悪犯か、とエミリオは緊張した面持ちで学校で習った通りに跪いて顔を伏せた。


「俺……いや、私がエミリオです」


 騎士――というか貴族を相手に話をするなら平民は許しを得るまで顔を伏せ、膝を地面につけなければならない。

 もしも立ったまま答えようものなら不敬罪で逮捕されることもありえる。

 

「えっと……騎士様がこのような庶民のパン屋に何用でしょうか? やっべ……」


 せっかく跪いて答えるところまでは学校で習ったとおりに出来たエミリオだったが、緊張のあまりミスをしてしまう。

 跪いている間の平民に質問する権利はないのだ。

 立つことを許された後であれば、貴族相手でも質問することぐらいなら問題にならない。

 だが、それは立つことを許された後の話であって、跪いている間は貴族からの問いかけに答える以外で口を開くことは許されないのがこの世界のルールである。


「ふむ……少し常識に問題あり……か? いや、成人もしていないのだから貴族相手に緊張しているのか……」


 騎士はエミリオに聞こえない程度の声でそう独り言を呟いた。

 その呟きは失敗したエミリオの不安を加速させる。

 跪いてから立ち上がる許可を得るまでの行程は半ば平民と貴族の身分差を忘れないための儀式的なものだ。

 平民が貴族と会話することなど滅多にないことなので、やり取りのどこかでミスしたことを酒場の席で人生最大の失敗などと笑いの種にしている人間は少なくない。

 貴族側もその程度のミスに一々目くじらを立てるのは狭量だという認識が一般的なので、失敗することに問題はない。

 だが、そんなことを知らず顔を伏せているエミリオは、なにか呟いた騎士の表情すら窺うことが出来ず、もし万が一プライドの高い貴族であったらと戦々恐々とする他になかった。


「謹聴。上意である。光属性の適性を得たエミリオを王城に招喚する。使者とした騎士とともに3日以内に登城せよ」


 俯いたまま浴びせられた騎士の言葉に失敗を咎められなかったことを安心する以上にエミリオは混乱した。

 招喚とは呼び出しであろうことはエミリオにも理解できる。

 だが、呼び出される理由に見当がつかない。

 そもそも王都暮らしでもない平民が城に呼び出されるなど普通ならありえないことだ。

 王都で暮らしている人間ならともかく、平民から話を聞くのであれば、その人物が暮らす領地の領主に話を聞くよう指示を出し、領主から報告を受ける形ならば話はわかる。

 エミリオの暮らす街が比較的王都に近いとは言え、王家の直轄領ではなく貴族領――それも領主の館がある領都なのだから領主に報告させる形を取らないのはどう考えてもおかしいのだ。

 ゲームのシナリオで呼び出されることが決まっていたのならば、シナリオの強制力みたいなものだと納得できる。

 しかし、エミリオの知るシナリオでは入学前に城へ呼び出されるなどという描写はなかったはずだ。

 しかも3日以内と言うことは今すぐにでも出発せねば間に合わない。

 立ち上がることを許されたエミリオは、両親に話をしなければならないと騎士の許可を得てその場を辞すると慌てて開店準備に追われている両親を呼びに行くのだった。

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