2.猫探し。
宇宙船ダンライオンの居住スペースでくつろぐファーストに、その一報は入った。
「猫を探して欲しい」
その通信内容を聞いたファーストは、バカにしているのかと、乱雑に通信を切った。
殺風景で、転がる酒瓶以外ほとんど何もない空間を少し眺めていると、直ぐに通信機はもう一度鳴った。
「何だ?」
不機嫌そうに、ファーストは通信機に向かって言う。その態度に負けず、モニターの中で、聡明な女史『ミラーニア』は言う。
「もう一度言うわ。猫を探してほしいの」
再び通信機を切ろうとするファーストに、細身の眼鏡を直しながらモニターの中の美女は慌てた。
「話は最後まで聞きなさい、捜査官!」
言われてファーストは手を止める。意外と素直だ。
ミラーニアは襟を正し、小さく咳払いする。
「ハラデル製薬会社は知ってるわね?」
「ああ、宇宙でも有名な企業だ。」
「今回は、そのハラデルからの依頼なの」
「ほう。――それで、猫だと?実験動物でも逃げ出したか?」
「その通りよ」
ミラーニアの真剣な表情に、ファーストはその話が冗談ではないと理解した。
「手付金は5万ビニー。成功報酬は15万ビニーよ」
ミラーニアが提示した額に、ファーストの口角が小さく上がった。
「随分な額じゃねえか。たかが猫一匹に」
「そうね。それだけ大事な猫ちゃん何でしょうけど――」
そこで、ミラーニアは一度話を区切ると、視線をそらし顎に手を当て考えるような素振りを見せる。それからもう一度ファーストに向き直ると、凍るような鋭い眼差しで言った。
「それだけじゃない、かもね」
「なるほど」ファーストはミラーニアを見つめ返す。
「確かにおもしろそうだ」
「でしょう?何かあった場合には、宇宙連合機構のほうからも報奨金が出るわ」
「そんな案件か」
「そんな案件よ」
○
宇宙は広い。
その宇宙には、地球と同じタイプの星々は意外とたくさんある。もともと地球型の惑星ではなくとも、開拓等によって地球型になった星も、かなりある。
そんな地球型惑星の一つに、ファーストは降り立つ。
まったく、この広い場所を一人で探せってえのか。
ファーストは頭の中で愚痴りながらも、携帯端末の画像を確認する。そこに映っているのは、様々な監視カメラに映っていたと思われる、黒猫の姿だ。鮮やかな赤い首輪が、特徴的だった。
ここで確認されたのが最後だ。宇宙連合機構の情報を、信じるしかないか。
宇宙連合機構とは、広大な宇宙を管理する巨大組織である。有力な惑星や星団の代表によって構成され、宇宙の番人的役目を担っている。
ファーストは、そんな宇宙連合機構の捜査官である。
綺麗とはとても言い難い、雑多な街並みを見ながらファーストは、手始めに情報屋を当たることにした。
この街は極端だ。夜になればネオンを纏う治安も良く裕福な層が住む明るい街と、薄汚く治安の悪い、いつだって薄暗い貧困な街とがはっきり分かれている。ファーストが向かったのは治安の悪いほうだ。
ファーストの身なりは、お金持ちが身に着けているような品の良い高級品ではなかったが、その革ジャンもブーツも、彼のこだわりの逸品だ。手入れだってしている。だからそんな恰好をしていても、決して貧乏人には見えない。むしろ、お金を持っていそうだ。
そして、そういう身なりの者が、不意に治安の悪い街に入ろうものなら、こうなるのは明白だった。
「おい兄ちゃん、良い格好してるじゃねえか」
見るからにガラの悪そうな男が二人、ファーストに絡んだ。ファーストはこうなるつもりで、この街を選んだ。
「俺たちゃ募金活動をしてるんだ、金でもその高そうな上着でも良い。とにかく金目の物を協力してくれないかなあ」
「何の募金だ?事と次第によっては、協力してやる」
「そりゃあ、お前、俺たちが楽しく夜を過ごすための資金よ!」
話しかけてきたほうとは別のチンピラが、ナイフをちらつかせる。
「さっさと払ってここから失せたほうが身のためだぜ、色男さん!」
「断る」
ファーストはきっぱり言った。その態度に、見る見る二人の顔が怒りに赤くなる。
「てめえ、おとなしくしてりゃ調子に乗りやがって!」
「その綺麗な顔を、ずたずたにしてやるぜ!」
息巻く二人を、ファーストは鼻で笑う。
「フッ。調子に乗ってるのはてめえらのほうだ。やれるものならやってみろ」
チンピラは顔を真っ赤にして、興奮しながらファーストに殴りかかる。だがそんな素人じみたパンチに当たるファーストではない。牛をさばく闘牛士のように軽やかに相手をかわすと、足を引っ掛けて片手で軽く背中を押した。
どおっ。
音を立ててチンピラが地面に突っ伏す。それを見たもう一人のチンピラが、「てめえ!」と叫んでナイフを構えたが、ファーストの長い脚がそのナイフを下から蹴りあげ、宙に舞ったナイフは倒れているチンピラの顔すれすれの地面に突き刺さる。
「ひいっ」とチンピラは小さな悲鳴を上げた。
「まだやるか?」
ファーストは鋭い目で威嚇する。そこでチンピラ二人はやっと、この男は手出ししちゃならない、自分より圧倒的に各上の男だと気が付いた。
「ごめんなさい!許してください!」
激しく首を左右に振りながら懇願する。
「仕方がねえな」ファーストはニヤリと笑う。「この街の情報屋の居場所を教えろ。それで無かったことにしてやる」
今度は首を激しく縦に振るチンピラどもだった。
薄暗い通路を進むと、そこはブラスターなどの火器類を取り扱う小さな店だった。その店のレジに座る、フード付きのマントを羽織った片目がスコープの義眼になっている男が、ファーストを睨んだ。
「こんな店にしては」陳列されているブラスターを値踏みしながらファーストは言った。「わりにまともなブラスターを扱っているじゃねえか」
ちっ、と店主は舌打ちする。
「何の用だ?」
店主のほうへファーストは向き直ると、捜査官の手帳を見せた。
「猫を探している」
「猫だ?」
店主はファーストの手帳をじろりと見た。
「『その日暮らし』が随分デカい態度だな」
宇宙連合機構に所属している捜査官は、その権限の元、犯罪や事件の捜査及び犯罪者の逮捕等が目的の存在だ。捜査官にはランク付けが有り、先ずは月給制で働くB級がある。そのB級の中から選ばれた、B級の管理なども行う上位者をA級。そしてそのどちらにも属さない、出来高払いのC級。
まるで賞金稼ぎのようなC級を、人々は『外れ者』とか『その日暮らし』と呼んでバカにした。
ファーストをC級と見るやバカにした態度の店主に、ファーストはニヤリと笑った。
「お前は情報屋だろう?それともモグリか?そうじゃなかったら、俺をよく見ろ」
言われて店主は、面倒臭そうに彼を見た。
地球製の黒い珍しい帽子、燃える様な金髪、美形。
そのキーワードに該当する者を思い出し、店主の目が見開かれた。
「お前!まさか!?」
「良い反応じゃねえか。分かったなら、情報を話すんだな」
「知ってることなら何でも話す」店主は慌てた。その額に汗がつたう。「だから、命ばかりはお助けを!」
「おい、勘違いするな、俺は情報が聞ければそれで良い」
慌てふためく店主の前に、ファーストは一枚の写真を見せた。
「猫?」
写真に映る、赤い首輪の猫を見て、店主は怪訝そうにファーストに顔を向けた。
猫。
それは地球に生息する同名の生物とほぼ同じ生物である。路地裏に、人の家に、公園に。いたるところに生息する、宇宙でも非常に名の知れた愛され動物である。
店主は、戸惑った。
こんな、どこにでもいる生き物を、なぜこの男が探している?
「何か、情報は無いか?」
ファーストの問いに、店主は眉をひそめて天井を見てから、「特にないね」と答えた。
「そうか」
ファーストは写真をしまう。その様子を見ながら、店主はポツリと言った。
「猫のことなら、街外れの『ネコ婆さん』が知っているかもしれない」
「ネコ婆さん?」
「野良猫の世話をしている変わった婆さんさ。もしかしたら、何か知っているかもしれない」
「そうか。なら行ってみるとしよう」
そう言ってファーストは革ジャンのポケットから、二つ折りにされた1000ビニー札を取り出すとレジ横のテーブルに放った。店主は素早い動きで1000ビニー札を回収すると、ふと、あることを思い出した。
「そういえば――。いやね、あんまり眉唾な情報だったから、気にも留めてなかったんですがね、最近、マフィアだの裏の連中が、躍起になって猫を探してるっていう。バカげた噂話かと忘れていましたが、もしかすると旦那の探し物と関係あるのかも」
話を聞いたファーストの目が鋭さを増し、口元に笑みがこぼれる。
「そんなことだろうと思ったぜ」
そう言うファーストに店主は、背筋に冷たいものを感じた。
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