「俺の名はファースト」
赤城ラムネ
「俺の名はファースト」
第1話「黒猫のスカーレット」
1.ファースト、登場。
ただっ広い荒野で一件だけのその店の前に、その男二人は立った。
背の高い痩せた男の名は『ゾーグ』。比べると背が低く、小太りな男の名は『ヤーンキ』。
二人とも、中折れ帽に白いスーツが決まっていた。それだけならば特筆するべきこともない二人だったが、両腕で構えた光線銃『ブラスター』が異彩を放っていた。殺傷力も破壊力もあるブラスターの中でも、二人が構えるものは取り分け大きく、連射機能も備えている逸品だ。
「兄貴。野郎、この店の中にいるのは間違いないですぜ」
小太りなほう、ヤーンキが、店の出入り口の両開きの小さなドアへブラスターを向ける。
「そのようだな。やっちまえ!」
ゾーグもブラスターを店に向かって構える。彼が躊躇なく引き金を引くと黄色い光弾が店に向かってばら撒かれる。すぐにヤーンキも、それに続いた。
バリバリと音を立てて、連射されるブラスター。間もなく、ウエスタン調だった店構えは、まさにハチの巣になった。
「ははは!これで終わりだな!」
ハチの巣穴を増やしながらゾーグは、最早聞こえないだろう、店の中にいるはずのターゲットに向かって言った。
その瞬間――。
店の中から、ブラスターが空けた穴を通って、まるで逆再生のようにブラスターの銃身に吸い込まれる黄色い光弾。軽く爆発して、崩れ落ちるブラスターを、ゾーグは慌てて放り投げる。
「わあああ!」
ゾーグがブラスターを手放すのとほぼ同じタイミングで、ヤーンキが悲鳴を上げながら壊れたブラスターを手放す。その光景を見たゾーグが、店の入り口に視線を戻したとき、えらい勢いで飛んできた店の小さなドアが、ヤーンキの顔面を直撃した。
「おぶっ!」
再び声を上げるヤーンキを見もせず、ゾーグは忌々しげに、壊れた扉の向こうから現れた人物を睨みつけた。
長く真っ直ぐな黄金色の髪は獅子の鬣が如く。豊かで整った睫毛に彩られた鋭い双眸。はっきりとした造形だが、決して濃くはない顔立ち。
控えめに言っても美形である。
その美形な顔が、細身だがしっかりと鍛えられた長身の上に乗っている。見た目は20代前半といったところだが、それ以上の風格が漂う。
「『ファースト』」
美形の青年の名を、絞り出すようにゾーグは口から発した。
ファーストは黒いカウボーイハットを直し、重そうな革のブーツで一際勢いよく床を踏みしめると言った。
「てめぇら、俺のティータイムを邪魔した罪は重いぜ」
言われてゾーグとヤーンキは、穴だらけの店の壁から覗く、テーブルの上に乗った炭酸入りのレモネードとチョコレートケーキを思わず見た。
レモネードのグラスは割れて中身がこぼれ、チョコケーキは大半が吹き飛んでいたが。
ファーストは、ときめく女性ですら震え上がりそうな鋭い視線で、ゾーグとヤーンキを睨みつけた。
二人はその視線に足もとから頭にかけてぶるぶると震え上がったが、窮鼠猫を噛む思いで小型のブラスターをファーストに向けた。
「くたばれ!」
発せられる光弾。しかしそれは、ファーストの持つ、光刃を発する剣、『スタンロッド』によってあっさりと跳ね返される。跳ね返された光弾は見事にブラスターに当たり、弾き飛ばし、ブラスターはカラカラと乾いた音を立てて地面で回転した。
「ちくしょー!カッコつけやがって!」
ゾーグはじーんと痛む右手を上下に振りながら、悪態をつく。
「こうなったらロボだ!巨大ロボで貴様を葬ってやる!」
そう言ってどこかへ逃げていくゾーグとヤーンキを、ファーストは暫し見ていたが、不意に振り返ると、カウンターの中でぶるぶると震えているこの店のマスターに言った。
「店の修理代は必ずあいつらに払わせる。安心しろ、俺は『宇宙捜査官』だ」
ファーストは重い靴底の音をさせてその場を立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まった。
「15分で戻る。冷えたレモネードと、ケーキを用意しておいてくれ」
口角を上げてニヤリと笑うファーストに、マスターはちょっとときめいた。
全長30メートル近い2機の巨大ロボット。グレーを基調にしたカラーリングと、いかつくもありながら洗練されたデザインは、量産型の物にしては大分気が利いている。それが2機、生身のファーストと対峙していた。
2機の巨大ロボにそれぞれ乗るのはゾーグとヤーンキだ。ゾーグはグレーのロボから叫ぶ。
「どうだ!最新型の汎用ロボだ!しかも2機!どうするチンピラ!」
拡声器から響く威勢の良いゾーグの声に、ファーストは「フッ」と笑った。
「俺がチンピラなら、てめぇらは素行不良の飼いネズミと言ったところか」
分かり辛い例えだ!
しかしその挑発に、まんまとゾーグは乗っかった。
「てめぇふざけやがって!そのまますり身にしてやろうか!」
およそロボット界隈において、カッコイイことは強さである。ゾーグの乗るグレーのロボは、デザイン的には、こんな主人公ロボもありじゃないかってぐらいにデザインは良かった。そのポテンシャルが、彼の背中を押していた。
ファーストが、その言葉を口にするまでは。
「『ダンライオン』」
ファーストの頭上30メートルの高さに、光学迷彩を解かれ出現する、輝ける宇宙戦闘艇。白と黄色を基調にしつつも、光の加減で白銀と黄金に見えるその機体は、機首に地球の百獣の王、ライオンの頭部を持つ。
しかもそれが、瞬く間に人型に変形した。
腕組みして仁王に立つファーストの背後に降り立つ、25メートルの輝ける巨人。可変型多目的戦闘兵器ダンライオンである。
美しい細身の騎士のようなダンライオンの、両の鋭い瞳が光り、フェイスガードの奥からゾーグとヤーンキのロボットを威嚇する。
ここに来てカッコイイのバランスは、完全にダンライオン側に傾く。
残念ながら構図は、流麗な騎士と雑兵、に置き換わった。
「ちくしょう!」ゾーグは上手く言葉に表せない怒りに任せて、ダンライオンに乗り込もうとしているファーストめがけて殴りかかる。
だがその一撃を、ダンライオンはファーストを庇いながら、自動操縦で受け止めた。
いかついグレーのロボの太腕を、片手で容易に受け止めたダンライオンは、いとも簡単にグレーのロボを放り投げる。
ヤーンキは、放り投げられ地面に激突するゾーグのロボを見てから、「野郎!」と叫んで装備していたミサイルランチャーを乱射する。
ダンライオンに迫る複数のミサイル。ダンライオンはそれを、ひらりと後ろにバックステップすると、両肩の上部を開き、そこから発した連装レーザーの赤い光でミサイルを薙ぎ払う。
ダンライオンに当たることのないミサイルたちが爆発する中、ようやくファーストはダンライオンのコックピットに座った。
ファーストはレバーを操作する。ダンライオンはすらりと、腰に懸架された、片刃の日本刀に似た刀を抜き放った。
『
その名の如く、雷すらも断つといわれた刀である。
主人公とやられ役の構図にもめげず、ゾーグとヤーンキは巨大ロボ用ブラスターをダンライオンに向けて乱射する。黄色い光弾が雨あられとダンライオンを襲ったが、高速に煌めく断雷剣がことごとく光弾を斬り裂き、霧散させた。
散り散りに消えていく光を纏うダンライオンの中、ファーストの口元は笑った。
「終わりだ」
断雷剣を水平に構えるダンライオン。危険を察して、逃げ出そうとするゾーグとヤーンキのグレーのロボ。
「やべえ!逃げろ!」
「ごめんなさぁーいっ!」
だが、逃がすファーストではない。
「『
凄まじいエネルギーと速度は、刀を構えたダンライオンの残像を残した。あまりにも速く、雷すら断ち斬る動きは、まるで複数のダンライオンがグレーのロボの手足を斬りつけているような錯覚を見せた。
グレーのロボに背を向け、ゆっくりと納刀するダンライオン。手足をバラバラに斬られたグレーのロボの胴体が、砂煙を上げて地面に落下した。
ぼろぼろの壁の店の前で、縛られて身動き取れないゾーグとヤーンキ。ファーストはチョコレートケーキを一口食べて、レモネードを飲んだ。
「悪くない味だ」
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