第二章・君の名は 君の名は。 / 13 (ポーカープレイシーン有)
少女は次第に、思ったようにチップを稼げなくなってきたことに気づいた。
まずテツ、それからジョーも、バリューベットに応じず、適切にフォールドするようになった。バリューベットとは、その勝負に勝てそうなとき、賭け金の総額を増やすための誘い水のベットである。
ポーカーは、強い役を作るのではなく、相手のチップを奪うゲームだ。どんなに強い役ができても、相手がチップを場に出さなければ、稼げない。勝敗を見極めると同時に、勝てそうなときは相手に高値を払わせるよう仕向ける(そして負けそうなときは自分からはなるべく払わない)、そういうテクニックも問われるのだ。
素人のはずのテツとジョーが、いきなりそれを身につけた……?
しかし、こちらが強く出れば適切にフォールドするのなら、ブラフをすればよいのだ。自分の手が弱くても、強いふりをしてベットする。
だが。
テツもジョーも、即ブラフに打ち返してきた。まるで手の内が読まれているかのようだ。これまでプレッシャーをかけ続けてきたのは自分だったはずなのに、いつの間にかかけられる側になっている。少女の額に、汗がにじみ始めた。
そして、少女のセミブラフのレイズに、テツが大きくリレイズ、たまらず少女が下りると、ついにチップの量が逆転した。テツの方が多くなったのだ。
その直後である。少女の手札に♠A♡Aが入った。ポケットエイシズあるいはロケットとも呼ばれる
この手札を喜ばないポーカープレイヤーはいない。小躍りしそうになるのを、少女は必死にこらえ、ポーカーフェイスの維持に努めた。
少女は、レイズするときのいつも通りに、5$にレイズした。ジョーが下り、テツがコールした。
フロップは───♣A♣Q♡8と開いた。
少女の脳裏に電撃が走った。声を挙げそうになるのを必死で抑えた。三枚目のA! ペアの手札と同じ値のカードがフロップに出て
このフロップの時点では、いかなる手札と組み合わせても、ストレート以上の役が完成している可能性はない。Aのセットは、現時点の最強手、いわゆる〝ナッツ〟だ。
少女は、ポーカーフェイス、ポーカーフェイス、と心の中で叫びながら思案した。♣️が二枚ある以上、フラッシュドローは警戒しなくてはならないが、一対一ならばバリューを取ることを優先すべきだ。チェックしたテツに対し、現在のポット11$に4$をベットした。これにコールしてこないようであれば、この先も勝負には出てこないだろう。
テツはしばし無言で考え込んだ。
少女が作るポーカーフェイスを、じろりと見据え、そして、───「オールイン」300$近いチップを、すべてポットに押しやった。
もらった、と、少女は応じかけた───わずかな額のポットに対し、初心者がいきなりオールインしてきたら、それは捨てばちのブラフと相場が決まっている。たとえ何か役がヒットしていたとしても、今の彼女の手札はナッツなのだ。応じない理由はない。
だがそのとき───少女の脳裏を、ちりちりっと電撃が走った。
テツはこれが初めてのオールインだ。だのに、チップを差し出す手にも、刺すような視線にも、気迫だけがこもり、ためらいがなかった。捨てばちではない。不慣れな行動に怖じてもいない。彼の中にあるバクチ打ちの勘が、ここが勝負時、真っ向勝負を挑むべきときだと、告げている───。
少女の背を震えが駆け上がった。冷や汗がにじみ出た。その気迫を伴う勝負勘と対峙すると、先ほどまでの自信は消え失せた。
あわてるな、ポーカーは、気迫や勘で決まるゲームじゃないんだ。考えろ、考えて答えを導け。
かつてないほどに、頭を巡らせた。ここでオールインできる手は何だ?
こちらの手はフロップナッツ、相手がどんな組み合わせの手札を持っていても、ほぼ65%以上の勝率となる。
だが、たったひとつの組み合わせの手札だけ、勝率は六割を切る。
たったひとつだけだ。そしてポーカーで一対一の勝負になったとき、勝負に出る基準は、相手の
少女は考え、考え抜いて、最終的に、確率に順った。
「コール」
テツはにやりと笑った。その目は、少女を、ぎろりと射すくめていた。
「ノってくると思ってたぜ。嬢ちゃんは正しい、確率ならおそらく俺は負けている。だが、これが、〝確率の向こう側〟ってヤツだ。嬢ちゃんは俺よりポーカーがうまい、俺にゃまだわかってない勝負の肝をよほど知ってる、そんな上手を相手に、全額引っ張り出せるチャンスは、そう多くは巡ってこない。───嬢ちゃん、Aを持ってるだろう? こちらが勝負に出れば、それを受ける手だ。だから俺は勝負に出た。さぁ、大勝負といこうか」
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