第二章・君の名は 君の名は。 / 12 (ポーカープレイシーン有)
かくして小学生対老人の、名前と10万円を賭けたポーカー勝負が始まった。
光恵がディーラーを務めた。チップを 200$ずつ配り、ステークス(スモールブラインドとビッグブラインドの額の組み合わせ)を1$/2$と定めた。
テツとジョーが少女を挟み込むように陣取って座り、テツ、少女、ジョーの順でディーラーポジションをローテーションすることとなった。
勝負が始まってすぐに、三人の大人はひとつの事実を理解した。───この子、メチャクチャ賢いぞ! テストの点数が良いのとは違う、地の頭の良さだ。
ライブポーカーが初めてというだけあって、少女がチップを出す手つきは覚束ない。しかし、先ほど老体ふたりが苦心した、カードを持ち上げず下から覗き込む仕草はサマになっていた。
アクション時には必ず発声したし、チップを分けて場に出すいわゆるストリングベットが許されないことも知っていた。
ポーカーは動画配信が盛んなジャンルでもある。この世代なら、いろいろ見てやり方を学んだのだろう。
プレイマナーだけではない。三人がそれ以上に驚愕したのは、ポーカーフェイスが完璧であることだ。何をするにもぴくりとも表情を変えない。反応も見せない。
〝処世術〟であった。大人の前で、心を閉ざし感情を消すスイッチが、少女の中にでき上がっていた。そして彼女自身その存在を自覚していて、自在にオンオフしてみせるのだ。光恵は、少女の無表情に薄ら寒さを感じずにはおれなかった。
アクションの的確さも、素人離れしていた。昭和のバクチ打ちであるテツとジョーには、盆台での勝負の感覚が残っていて、賭けられるときは常に賭け、時を見て強気に大きく張るやり方で勝負に臨んだ。しかし現代ポーカーでは、それは参加率やベット額が多すぎるという弱みに他ならない。少女はたちまちそれに
はじめのうちは慎重に様子を見ていたが、やがてその強気をコールで受け、フロップが出ると自分からさらに強気のベットを返すフローティングの手法を組み込み、場の主導権を握るようになった。
テツとジョーのチップは、少し増やしてもすぐもぎ取られる。終始、少女の優位で勝負は進んだ。
まったく怯まない彼女からの攻撃は、ときとして、所有チップ全額を賭すオールインを伴った。
「本当に全財産張るってのがアリなんだな……」
老体ふたりは面食らうばかりだった。頭でわかっていても、行動としてうまく飲み込めない。従来の日本のバクチでは、持ち金をいきなり全額張るなどという酔狂は、よほどのあぶく銭を散財したいときか、追いつめられて捨てばちになったときにしかありえない。
しかしポーカーでは、その捨て身に抵抗するには、自らも必ず同額を出さなければならない。互いに捨て身の勝負を強要される。
それを仕掛けてくるならば、相当に自信がある手に違いない───と、考えるのが普通だ。それゆえ戸惑いつつフォールドした老体ふたりに、少女はまったく役のないブタの手札を見せつけたりするのだ。
幼いなりで、たいした勝負度胸である。バクチ打ちになると豪語するだけはある。
「こんなのアリなのか」テツはうなった。
「アリってことだろうな」ジョーが答えた。「八艘跳びに猫だまし、バントと見せてバスターエンドラン、小兵が知恵と技で翻弄ってな勝負の常道だぜ。さしずめ俺たちゃ、投球モーションを盗まれているピッチャーだ」
「モーションを、か……なるほど」
しばらく過ぎてからだった。
ジョーは、少女に翻弄される自分に焦りを感じていた。だがそれはまだきやつも同じであろうな、と、ふっとテツの様子を確かめてみると───その挙動に違和感があった。
対人の勝負事は、相手の観察が大事だ。視線、しゃべり方、手さばき、そうした相手の態度から、つけいるスキがないか探るのだ。
しかし少女にはまったく怖じる様子がなく、スキが見当たらない、とジョーには見えていた。もとより、現代小学生の本心を、年寄りが見抜けるわけもない。自分の娘であったって困難だ。
だが、少女を見据えるテツの目は、かつて好敵手であった頃と同じような、ギラギラとした生気に満ちていた。何かつかんだな、と、ジョーは察した。
女の子はわからなくとも、テツならわかる。ヤツは何をつかんだ? そうして、少女に対するテツの反応を見ていくうちに、ジョーにもやがて、少女の弱みが見えてきた。
わかってみればあまりに単純な、目にも言葉にも手先にも出ていない、小さな生理反応だった。
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