第二章・君の名は 君の名は。 / 10
タチバナシステム本社では、引き続き欽太と富市が頭をぶっつけ合っていた。
作業が長く続き、だいぶ目と手が疲れてきたところで、秘書が茶菓子など持ってやってきた───元ヤクザ同士の面倒な内緒話を聞かせるわけにはいかないので、盆だけ置かせてさっさと追い出す。
「さて、ひとつ重要なポイントなんですが……」差し向かいに茶を飲み、人心地ついたところで、欽太が富市に話しかけた。「父親同士はいざ知らず、我々としては、この勝負、どっちが勝とうがかまわないですよね。我々にとってのバクチ───すべてが無駄になるリスクを取ってリターンを得ようとする行為は、別にある」
「カジノを作れるかどうか、ですね。神鳳会の制裁はあるし、国の認可だって通るかわからない。高いハードルがいくつもあって、結局何もできないかもしれない。けれど資金を投じ労力をかけて、その完成を目指す」
富市は応えた。疲れてきてなお長くしゃべったせいか、癖が出て、いつの間にかろくろを回す手つきになっている。
「ハードウェア面は藤倉興業が、ソフトウェア面ではタチバナシステムが、どちらがどこまで手を突っ込んで仕切るかの綱引きはあって、それは社長の座を獲った側が有利に働くのは確かでしょうけど、この町にカジノができさえすれば、お互い新たな事業の核ができる。重要なのはそこです。───スマホゲームなんてしょせん水物なんでね、競合アプリは次々出てくるし、技術は日進月歩ですぐ古くなるし、安定した収益の確保は必須です。
だから我々が優先すべきは、カジノ設立の道筋をつけ、障害を排除すること。十分、理解してますよ」
「重畳重畳。そこのところは、共通認識にしておきましょう。それを踏まえて、僕には懸念事項があるんですよ」
「なんですか。神鳳会の制裁の解除は、やはり厄介がありますか」
「いや、そこもひとつのバクチではありますが、勝ち目は十分あると見込んでいます。別の問題があるんです」
「それは───」
「小金山です」
「あぁ……そっちか……」富市は天を仰いだ。彼らと藤倉の因縁は、彼も概ね承知していた。
「小金山商事は、何かあくどいことをして、不正な収入を得ています。そうでなきゃ、あんなダンピングができるわけがない。証拠がないから、今は放置してますが」
欽太は手の指を組んで話し続けた。重い話になってきたが、微かな笑みを浮かべ、落ち着き払ったままだった。これもポーカーフェイスかと富市は思い、それぞれに受け継がれた勝負師の血を感じていた。
「藤倉一家ってのは、家庭に問題を抱えて行き場がなく、グレた子供らのよりどころでもあったんです。そうした連中の世話は、父もやってましたし、僕もしましたし、最後に務めていたのは、金城さんの息子の博くんです」
「もう亡くなってるんですよね、彼は」
「えぇ。事故でね。酷い事故だった。彼は車の改造が趣味で、若い連中をまとめるのに、工場跡地の広い道路を使って、ドラッグレースをしてたんです。そのさなかに……ね」
欽太はいちど茶に口をつけ、ごくりと飲み下した。
「小金山の話でしたね。小金山商事の社長小金山義司は、博くんの下で、頭が良かったから金庫番をしていた人物なんですよ。
実のところ彼は、手下という以上に、〝信奉者〟でした。博くんの、というよりは、ヤクザの、藤倉一家の、つまりは上下関係のはっきりした身分社会の、ね。
けれど、博くんが彼らの頭目になった頃には、藤倉一家は神鳳会から離脱していて、もうヤクザの看板は下ろしていました。正式に杯を交わしたのは博くんしかいなかったし、博くんもそういう上下関係は築こうとしなかった。結果的に、博くんの死後、小金山ら手下どもはいわゆる半グレ、チンピラのまま放り出された。小金山は、信ずる神に捨てられたことが我慢ならなかったんです」
「つまり、彼はヤクザになりたかった、と? チンピラがヤクザ社会でのし上がる、そんなマンガみたいなことを夢見てたんですか、彼は?」
富市の問いに、欽太は頷いた。
「過去形じゃないですよ。今でも彼は、神鳳会に上納金を収められる組織を作って、配下に入ろうとしています。大檜を再び、ヤクザ社会にするつもりなんです。だから、もし彼がこのカジノ計画を知ったら、間違いなく乗っ取りに来ます。
今はどこのヤクザも金回りは火の車です。もしも乗っ取りが成功して、彼がカジノの売上を差し出すと約束したなら、神鳳会にとっては夢見がちなカモがネギどころか鍋とコンロつきでやってくるわけですから、そりゃあ制裁なんて知ったこっちゃない、下にも置かぬ待遇で迎えるでしょうね。しかしそれは、我々には絶対許されないシナリオです。ごめんこうむる」
「同感です。それも共通認識にしておきましょう。もうそんな時代じゃないし、いろいろな苦労の果てにそこから抜け出したのに、水の泡にするつもりとは」
「対処は我々でやります。タチバナシステムにも大きく関係ある話だからお話ししましたし、共通認識に加えたいのはその通りですが、あなたがたは
「承知しました。おまかせします。しかし気をつけてください、事を荒立ててマスコミ沙汰になどならぬよう」
「わかってます。荒事にはしません」
欽太は終始、柔和な笑みを浮かべたままであった。
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