第二章・君の名は 君の名は。 / 8
タチバナシステム本社では、欽太と富市が、親同士の勝負の舞台を整えるべく、応接用のローテーブルを挟んであれこれとやりとりしていた。
「会場はどこにしましょうか」
欽太が尋ねると、富市は、卓上にあったカレンダーを示した。
「八月の末に、タチバナシステムが市民会館を借り切っている日があります。今日明日のイベントの予備日として確保したんです。無事開催できたので、キャンセルするつもりだったんですが───」
「全館はいりませんよ、内輪のことで、大々的に喧伝するわけじゃないんだから。川を望める広めの和室を一つだけ、確保していただけますか」
「和室ですか?」
「他の舞台などあるものですか」欽太は感慨深げに言った。「───ははぁ、富市さんは知らないのか。市民会館が建つ前、あの土地に何があったか」
「何があったんです?」
「料亭ですよ。───〝あすひ亭〟です。人斬りのテツと早撃ちのジョーが、ここで大立ち回りをした。五〇年の時を経て再び相まみえる」
「あぁ、───大檜戦争」
その言葉を承けて、富市は欽太にひとつの問いを投げかけた。
「ひとつ根源的なところを確認したいんですが。───父の願いでもありますし、そちらと我々でバクチをして、かつて禍根を残した大きな戦争の幕を完全に下ろそう、という点に異存はないんです。でもそれで何が決まります? そこをきちんとせずに、ノスタルジーやロマンだけでことを進めると、後からまた揉めますよ。勝った側は、具体的に、できあがるカジノの何を手に入れるんですか?」
「あぁ……その疑問はもっともですね」欽太は答えた。
「聞けば、抗争かまびすしい頃に、『どちらが町の支配者になるか』っていう、映画みたいな話で盛り上がったのが始まりだって言うじゃないですか」富市が続けた。「いまどき、そんな幼稚なケンカを現実に持ってくるのは無理があると思うんです。会社ってのは出資者のもの、株主のものであって、個人が支配するって話はそぐわないですよ。
そもそも、IRの運営にあたって、実績ある外資に委託せず、地元企業だけでやりますってぶち上げた時点で、国の認可や銀行の融資のハードル、めっちゃ上がりますよ。どんな身体検査が待ってるか知れない。
表向きは、藤倉ともタチバナとも無関係の会社を別に立ち上げなきゃダメです。裏社会に対するメンツがなくたって、そうしなきゃいけない。
藤倉とタチバナは、せいぜい業務委託で協力を結ぶってだけの関係にしかなれません。そこのところ、今回のバクチとどう整合を取りますか」
「ふむ。表向きは、おっしゃる通り整えなきゃダメですよ。でも、表向き株式会社を標榜して外見は綺麗でも、株主にはみな創業者一族の息がかかってる企業なんていくらでもありますからね。
こういうのはどうでしょう。〝代表取締役〟と〝社長〟が別物、っていうのは、富市さんには釈迦に説法ですよね。だから新たな運営会社でもそこを別物にします。法的な立場である代表取締役には、無難でクリーンな人を置いておきます。元市長なんていいんじゃないかな」
「元市長って、藤倉にべったりの傀儡じゃないですか。大檜の有権者はみんな知ってますよ。あぁでも、言いたいことはわかりますよ───つまり、会社を支配する〝社長〟を別の人物にするわけですね? 僕の父が、カリスマを目的に名ばかりの会長に就いているように、法的な立場のない名ばかりの〝社長〟の座、勝者はいわば、〝社長の称号〟を得る、と」
「称号、という表現はいいですね。そう、勝者が得るのは、新たに作られるカジノ運営会社の初代
「ゲームに似てますね。称号というシステムを持つゲームの多くは、得た称号によって、ゲーム内での特別な報酬や権利が得られる。世間一般では歯牙にもかからないが、限定された範囲内では効果や影響力は絶大……」
社長の称号、という言葉で、ふたりの理解がすっとまとまった。
「社則に、社長への権力の集中を明記するんです。特に金回りと人事については、絶対的に社長マターとする」
「そりゃまた強力ですね。いかにも元ヤクザな、〝親の言うことは絶対〟なトップダウン組織にするってことですか」
「さらに、藤倉やタチバナにせよ、他の企業が絡むにせよ、業務契約にあたってはその社則に従う言質を取ってのみ関与できることにすれば、大多数の従業員が───雇用確保の一面も鑑みれば、すなわち大多数の大檜市民が、その社則に従うことになる。本人たちが目指していた、ヤクザ組織の統合、そして〝大檜の支配〟という目的の達成です」
「うわぁ……ヤバいなソレ。まぁ、ウチやそちらの親父さんなら、そうなっても極端な無茶はしないでしょうし、最悪、取締役会で解任できればいいのか……」
「そういう内容で、覚書の書面を作って、ふたりに納得させましょう。法的にはともかく、ヤクザなら決して違えられない血の盟約のもとで、雌雄を決するんです」
「法的にも充分有効ですよ、それ。法令に反しない限り、ですが。……なんか、だんだん面白くなってきましたね」
「僕もですよ」
ふたりは頭をぶつけ合いながら、父親同士の賭けの舞台を整えていった。
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