第二章・君の名は 君の名は。 / 3 (テキサスホールデムルール説明①)

 「あのね、トランプのゲームっていろいろあるでしょ? スポーツもいろいろあるわよね? スポーツに例えるなら、〝ポーカー〟っていうのは、〝格闘技〟くらいの大雑把なくくりでしかないの。昔は相撲や柔道しかなかったけど、ボクシングやプロレスが出てきて、競技によっては階級別で試合するように、ポーカーもさまざまに分かれてるのよ」


 「白井義男に」と、テツ。


 「力道山か」と、ジョー。


 古ッ、と思ったが、光恵の客あしらいスキルがそれをけして口には出させない。「そういうこと! K-1が出てきたりWWEが日本に来たり、娯楽に流行り廃りがあるのは、お義父さんたち肌身で感じてるでしょ? ポーカーも、新しいルールが作られて、時代によって流行りが違うの。いま主流のポーカーは、二枚しか配らないし、チェンジもしない」


 光恵は、テーブルにあったトランプ一揃えデックを手に取り、シャッフルを始めた。デックをふたつに分け、ぱらぱらと音を立てて交互にカードを落とし込んで混ぜていく。


 「まず最初に、ポーカーの基本は、トランプ五枚の札の組み合わせで役を作って競うゲーム。勝負の過程でチップを賭けて、それを奪い合うことで、ギャンブルとして成立する。そこはいいわよね? ロイヤルフラッシュからノーペアまでの役の優劣も、知っているものとして進めるわよ?


 テツさんが言った、五枚配って不要な札をチェンジするルールのポーカーは、〝ドロー〟。チェンジの回数を増やせば、チップ不要の役作りゲームで楽しめるから、表向き賭け事が悪事とされてる日本人向きね。


 お義父さんが言った、伏せたカードをそれぞれに配り、一枚ずつ追加していくごとにチップを賭けていくのは、〝スタッド〟。かつては主流だったわ。


 そして、二一世紀に入ってから主流となった新しいスタイルが、それぞれに配る手札と、全員が参照できる共通札との組み合わせで役を作る〝フロップ〟。とりわけ、二枚の手札と五枚の共通札、七枚から五枚を選ぶ〝テキサスホールデム〟が人気よ。世界一を決める国際大会の参加者は一万人、優勝賞金は一二〇〇万$にも及んで、プロのプレイヤーもたくさんいる」


 「一万人でバクチ打って、勝ったら一五億円ってか」


 「バクチに世界大会があんのか。手本引きの胴を身内で回す田舎博徒にゃ、及びもつかねぇや」


 ふたりの老人はうなった。光恵はまた古ッ、と思う───やはり口には出さず、スルーを決め込むことにしたが、〝手本引き〟がかつてヤクザが好んだバクチであることは知っていたので、彼らの知る用語で説明するほうが通りがいいのではないかと思い至った。


 「ではこれから、〝テキサスホールデム〟のやり方を説明します」





1・プレイヤーは参加料を支払う



 「まず必要なものは、トランプ一揃え五二枚。ジョーカーは使いません。それから、各自がチップを所持します」


 光恵はシャッフルを終えると、卓上に放置されていたチップケースをふたりに渡した。10$と書かれたチップが五枚、5$と書かれたチップが八枚、1$と書かれたチップが一〇枚、計100$分入っている。


 「海外の一般的なカジノなら、キャッシャーで現金をこういうチップに換えるのが最初ね。ヤクザ賭場の盆台みたいに、札束を直接張らないから承知しといてね」


 「札束ズクでやっちゃいかんのか」テツが驚愕する。


 「ダメに決まってるだろ」ジョーが口を挟んだ。「おまえさん海外は経験無いかもしれんが、洋風のカジノは若い頃に何度も行ったろう俺と。ルーレットとかバカラとかやって、これも使ったろうがよ。思い出せ」チップをちゃらちゃらといじくって見せる。


 「麻雀なら点棒使うし、丁半ならコマ札使ってたんでしょう」と、光恵。「賭ける金額にルールがある場合は、そうやって代理になるものを間に入れたほうが都合がいいのよ。たとえば───」


 光恵は、1$のチップを、テツから一枚、ジョーからは二枚取って、場の中央に置いた。


 「テキサスホールデムのひと勝負は、〝ブラインド〟の支払いから始まります。いま出したのがそれね。いわば参加料。これが、出し方や額にいろいろルールがあって複雑なのよ。チップならすぐ追加や両替ができて扱いやすいけど、現金だとなかなか、ね。


 いちばん一般的なのは、卓上で賭ける最低額ミニマムベット───博徒そっちの世界でいうスソ・・が決まってて、ひとりがその額を、右隣の人が半額を払うパターン。誰が払うかは順繰りに替わってくわ。


 ちなみに、スソの額を払う人をビッグブラインド、半額を払う人をスモールブラインドと呼んで、そのさらに右隣をディーラーポジションと言います。それ以外にも席の位置、いわゆるポジションにはそれぞれ名前がついているのを知っておいて。今は二人しかいないから、あまり関係ないけどね」





2・各プレイヤーに二枚ずつの手札を配る



 光恵は、テツとジョーの手元に、それぞれ二枚ずつカードを投げ込んだ。


 「それが手札よ。手に持たないで、カードの縁だけ持ち上げてチラッと見るのが作法」


 「手に持っちゃ、いかんのか」


 早速手に持とうとしたテツが顔をしかめる。


 「ポーカーの卓では、すぐ真横に敵プレイヤーが座ることもあるのよ。隣に丸見えになってよければ、どうぞ」


 テツは楕円形のテーブルを見渡した。なるほどそういうこともあるだろう。


 「バカラの『絞り』の要領か?」ジョーが言った。


 「それだ」テツが応じた。


 「斜めに少しだけ、途中で止める感じで、ね。手札が何か、隅の数字で確認するだけよ。カードを痛めるほど曲げないでね」


 老体には、屈んでカードを覗き込むのはやや辛い。いちばん楽な姿勢を探しつつ、ふたりはカードを少しだけ絞って、手札の数字を確かめた。

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