第二章・君の名は 君の名は。 / 2

 「テツさんが来てくれて助かったわ。ずいぶん話がしやすい」光恵が言った。


 「その、話ってのは何だ、わざわざ呼び出して」と、ジョー。


 「いいかげん、ちゃんとポーカーを教えてやってくれって、社長ダンナに言われてるのよ。カジノシトラスではいろいろな遊びができるけど、一番人気はやっぱりポーカーだから。会長が稼ぎの柱を知らないでは、すまされないでしょ?」


 完全に隠居したテツと異なり、ジョーは代表権のない会長として、まだタチバナシステムに所属している。富市に社長の座を譲ったとき彼はまだ二〇代の若さだったから、後ろ盾の意味で残った。


 経営への口出しはほぼしていないが、古くからの町の有力者はあの・・橘の会社だと思って接してくることも多く、たまにそれに合わせた対応が必要になるのだ。


 さて、『ポーカーを教える』と言われたテツとジョーは、怪訝な顔をした。特にジョーは、そんなことで呼び出したのかとあきれ顔を見せた。


 「ポーカーなら知ってるぞ」ジョーが言った。「俺らがどれだけバクチ打ってきたと思ってるんだ」


 「特にポーカーはな……」テツの顔に、昨夜自宅のちゃぶ台で今日のチラシを見たときの、渋い表情が浮かんだ。


 「知ってるの?」


 「知ってるも何も───」テツとジョーは顔を見合わせた。「あれは───よく売れた」


 「……売れた?」


 「あのなみっちゃん、」テツが説明した。「ヤクザってのは、親組織に上納金を納めなきゃいけないワケよ。昔みたいにのどかで景気がよけりゃあ、みかじめ料だけで回ったんだが、今じゃどこも四苦八苦で、それを収めてるかどうかが、あくどい商売をする許可証みたいになっちまってる。よそは金貸しや風俗、仕手株に総会屋、ろくでもなけりゃあ麻薬や臓器売買に手を出してシノぐわけだが、博徒上がりで工場街住まいの俺らにゃ幸い、うまいシノギがあった。ビデオポーカーって奴がな。あれはよく売れた」


 「ビデオポーカー……」


 「スロットマシンの一種さ。ごく初期のテレビゲームともいえる」ジョーが継いだ。「画面に五枚トランプが表示されて、ボタンでチェンジするカードしないカードを決めるんだ。できた役によってコインが払戻される」


 「お義父さんたちが昔は『デジタル機器の製造』をやってて、それがタチバナシステムの前身だとは聞いてたけど、そういうこと? 賭場を開くな、って締め上げられてる町で、賭場用の機械を作ってたんだ?」


 「そ。工場なんていつもそんなもんだ。製品を使うのはどこか遠くの金持ちで、工員は何を作ってるのかもよく知らない、ってね。まぁ俺らは、ハッキリわかってやってたけどな。海外メーカーがカジノ向けに作ってるベストセラー機種があって、そのOEM製造を日本で、つまり大檜でやってたわけさ。その設計データうまいこと融通してもらってよ、そっくりのガワこさえて中身のチップをいじくって、確率調整をいろいろ利かせて出玉がコントロールできるように仕立てたんだ。評判よかったんだぞ、当時は日本製っていや天下御免だから、海外のマフィアからも引き合いがきたもんだ」


 「もろパチモンじゃないの。それに、ポーカーで確率調整って、つまりイカサマでしょ?」


 「警察が認めるパチンコのやり方と一緒だ、何が悪い」と、再びテツ。「それを、橘に造らせて藤倉が売ってた。バブルがはじけてもしばらくシノげたのはそのおかげだし、足抜けがすんなり通ったのもあの工場をカタにできたからだ」


 「市販のゲーム機の性能がどんどん上がってきてて、俺らの作れる機械じゃ見劣りするようになってたから、ちょうどいい見切りどきだったよなぁ」と、ジョー。


 唐突に飛び出した過去の悪行にあきれながらも、光恵は話の腰を折らずにうなずきながら聞いた。年寄りが昔話をしているときは、気分よく言わせておいた方がいい。


 テツが続けた。「ともかく、おまえらが今カジノなんちゃらいうゲームで一世を風靡してられるのも、当時の実績があったればこそだ。俺のおかげみてぇなもんなんだからちっとは割り前よこせ」


 「何言ってやがる」と、ジョー。「今のはプログラムも素材も全部富市が一から組んでんだ、あの頃のあいつはまだ学生で、俺らのモノなんか何も引き継いじゃいねえ。そこらヘんの関係が切れてるってのはお互い納得済みのはずだが?」


 「じゃあふたりとも、ポーカーのルールは知ってるのね?」


 金銭がらみで鞘当てが始まったのを見て、光恵はすかさず話の腰を折った。何か鞘当てをする事情ができたのだなと察しながら。夫の富市が昨日、IR法のニュースを見るや、大檜戦争がどうの藤倉との対話がこうのとぶつぶつボヤいていたから、きっとそれだろう。


 このふたりは数十年来の友人同士ではあるが、昨今はほとんど顔を合わせない関係だと聞いている。仲違いしたのでなく、互いにほぼリタイアして社会に触れなくなったから会う理由話す話題がなくなってしまい、自然とそうなったのだ。それがどうだ。接点ができれば悪ガキ同士の腐れ縁はたちまち元通りで、微笑ましくすらある。


 「知ってるさ、五枚配って、何枚か選んでチェンジして」テツが光恵の問いに答えた。


 「うん、今はそうじゃないの」


 「なぬ?」


 驚くテツに、ジョーがかぶせた。「ばーか本場のはアレとは違うんだよ、最初に一枚配って、五枚になるまで一枚ずつ足してくんだ。映画でスティーブ・マックイーンがやってたヤツだ」


 「うん、それも古い」


 「なぬ?」


 ふたつのなぬが並んで、光恵はようやく自分の話に戻せた。


 「だから、教えてやってくれって頼まれてんの。テツさんもいいわよね? 新しい現代のバクチ、ちょっと試してみない?」


 テツとジョーが、なぬをふむむに変えて考え込むところ、光恵はちょっとだけ第四の壁を越えて───「ここから /5 までは、テキサスホールデムポーカーのルール説明です。知っている人は /6 まで飛ばしてOK!」

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