第一章・ゆかいな藤倉一家なう / 3

 欽太は話を続けた。


 「換金できない仕様のゲームならまだしも、現ナマを大きく動かすリアルのカジノをおっ建てれば、嗅ぎつけて食い荒らしに来るヤクザは必ずいます。制裁違反を盾に脅しをかけられてはたまりません。神鳳会にちゃんとスジを通して、大檜に対する制裁解除の言質を取る必要があります。そしてそれは、他のヤクザを寄せ付けない錦の御旗ともなるはずです」


 「実際はどうあれ、ヤクザ社会から見たら、神鳳会がまだ睨みを利かせてる……と見えるだろうからな」


 「そうです。神鳳会との交渉は、もともと下部組織だった我々にしかできません。今後もそうして裏社会と関わる可能性はゼロではありませんから、藤倉興業が経営に深く参画して、矢面に立つべきだと考えます。むしろ、稼ぎの柱になる新たな事業が作れて、しかもかつて培った賭場の運営ノウハウが活きるとくれば、こんなありがたい話はない。


 一方で、大檜でカジノをやるなら、カジノシトラスのネームバリューは必須です。今回のIR法案が成れば、我々と同じように衰退からの一発逆転を目論む各地でカジノが乱立するのは目に見えてますから、共倒れを避けるためには絶対必要な看板なんです。富市くんは当然のように、自分たちが育てたブランドだから自前で経営したいと言います。しかし、藤倉興業は制裁解除だけ取り持ってくれればよい、というのは、ちょっと虫がよすぎるでしょう。


 話が平行線になるのなら、ジョーさんがこだわる大バクチで決めるのもいいんじゃないですか。誰が胴元になって仕切るか、我々にとって賭けるに値する勝負ではありますが、どちらが勝ってもカジノができて大檜は潤うんだから、悪い話じゃない。


 まずは制裁解除の段取りです。結局は、勝子かつこのお父さんを頼るしかないんですから、必要なのは、彼を納得させる〝儀式の執行〟ですよ。それこそが、この大バクチの真の目的になるでしょうね」


 勝子のお父さん───〝あすひ亭の死闘〟で仲裁に立った、神鳳会の幹部大新田秀勝のことである。もう齢八〇を超え形式上は引退しているが、部下を一喝する気力と権勢はまだまだ健在で、潜在的な影響力は大きい。古くからのヤクザだから、儀式ばったことを好む。源さんも、もともとはあちらの部下だった。




 割烹着姿で夕飯作りにいそしむ欽太の妻勝子は、大新田秀勝の末娘である。まだテツが藤倉の婿養子だった頃、その才を買った大新田が、血縁を作ろうとして、欽太の嫁にと送り込んできた。


 その結果、当時東京で学生生活を楽しんでいた欽太のもとへ、嫁と称するヤクザの娘がいきなり現れて押しかけ同居するという、マンガみたいな展開となったのだが、本筋と関係ないのでここでは触れない。


 なんだかんだで三〇年連れ添っていて、かつ娘の年齢が三〇を過ぎている、という点から察していただきたい。


 藤倉家は古い家柄である。男女同権が叫ばれる時代ではあるが、この家では食事はすべて勝子が作り、配膳する。その代わり厨房は彼女の城であり、男衆はメニューに口出ししてはならぬ掟だ。


 その勝子が、厨房から茶の間にいっとき姿を見せ、ちゃぶ台に見慣れた鍋敷きを黙って置いた。それを見た欽太は、一瞬恨みがましい表情を勝子に向けたが、くわとにらみ返されてしゅんと縮こまった。おばちゃんパーマがきつめにかかった髪は顔全体を大きく見せ、迫力がハンパない。ここが大阪ならば、彼女は豹柄のシャツを着ていて、ポケットからはあめちゃんが無限に出てくるに違いなかった。


 厨房へ戻る勝子を見送り、欽太は大きく嘆息した。


 「やっぱり、おでんか……」


 「言うな」


 テツはしっかと腕を組んで言った。おでんは三日目である。さすがに今日で終わりだろうが、明日からは余った出汁で煮込みうどんかカレーが二日続くと、ほぼ確定している。が、藤倉家の男は、異を唱えてはならぬのだ。


 「真夏ですよ」


 「耐えろ!」


 女の立場は踏まえているが、ヤクザ大幹部の娘であるがゆえの勝子の気位の高さは今なお健在で、ぶっちゃけテツより態度がデカい。藤倉一家の真の支配者である。





 「ただいまぁ」


 玄関から声がして、欽太と勝子の間の娘・ゆかりが帰宅した。テツの孫、翔太と陽菜の母でもある。


 勝子譲りの勝ち気な気性で、彼女がいかに大騒ぎして結婚して家を飛び出し、いかに大騒ぎして離婚して子連れで出戻ってきたか、こちらは昼ドラみたいな展開があったのだが、あまり楽しい話でないのでここでは触れない。離婚を機に、藤倉姓に戻している。


 家出した頃はいわゆるヤンキー娘で、ケバケバしい格好をしていたが、今はすっかり落ち着き、ワンレンヘアにスーツ姿の出で立ちで、市役所の地域振興課で下請け契約社員として働いている。


 それは父のツテであった。不況の地方都市で、出戻りが市役所にすんなり収まれた、という時点で、藤倉の家名が大檜でどれだけ大きな力を持つかが知れる。


 元ヤクザの威光にすがって生きる現状は、彼女の望むところではなかった。子供らは、広いお屋敷でじじぃばばぁが甘やかしてくれる暮らしがお気に入りのようだが、彼女はさっさとまた家を出たいと思っていた。さりとて先立つものはなく、これはもうコブつきでもOKの奇特な御曹司を捜し当てて玉の輿に強行乗車する以外に脱するすべはないと、半ばあきらめている。


 ともあれ、両親・祖父と彼女の仲は、お世辞にも良いとはいえない。彼女は自身と子供らを、食客と心得ていた。


 なので、ちゃぶ台の鍋敷きを見、また汗をかくと知ってシャワーをあきらめても、彼女もまたメニューに口を出せる立場にない。そして彼女は、父や祖父のようにでんと構えて座って待つことが許されぬ立場だ。


 自室に戻ってスーツから普段着に着替えるうちに、厨房から飛んでくる母の声。


 「出戻りはさっさと手伝いな!」


 ゆかりはちっとひとつ舌打ちし、それでも疲れた体に鞭打って、勝子のもとへ参じた。

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