第10話 動き出す刻(とき)

同時刻。


「こ、これはまことか!?」


白を基調にした石造りの城内の、奥まった一室で驚愕の声が響いた。


声を発した男―――フェニキリアの現王であるミカエルは、信じられない物を見るように、宰相であるフィブリスの捧げ持つ丸い石を見つめる。


常に冷静沈着なフィブリスも、珍しく上擦った声で言葉を続けた。


「間違いありません。この銀硝石ぎんしょうせきはソーマ殿下と結び付いており、のお方が生きていらっしゃる限り、輝きを失う事はありません。ソーマ殿下がラファエル殿下と共に異界へ旅立っ・・・出奔しゅっぽんした後の20年間、この石は弱い光しか発していませんでした。それが数刻前からこの通り輝きが増しております。つまり、ずっと異界においでだったソーマ殿下が今現在、間違いなくこの中つ国に存在するという事になります」


ミカエルはフィブリスから銀硝石の玉を受け取ると、赤子に触れるように優しく玉を撫でた。


「あの小さかったソーマが・・・だが、ラファエルの銀硝石の輝きは弱いままなのだろう?という事は、ソーマは一人でここに戻って来たという事になる。ラファエルが己の全てを賭けてまで異界へ連れ出した大事な息子を、一人きりで送り込んで来る筈などない。という事はだ」

「はい。おそらくソーマ殿下はドラコニアの手の内にあるかと」


ミカエルの言葉を引き継いでフィブリスがそう口にすると、ミカエルは苦々しい顔で唇を噛み締めた。


「すぐにドラコニアへ書状をしたためよう。それからフィブリス。ラファエルと仲の良かった魔術師がいた筈だ。名は・・・そうだな、ミエルとでも言ったか。旧友を懐かしんだ彼は、独断で異界への通信を試みるかもしれない。だが、我々はそれに気付きようもない、そうだな?」


どこか面白がっているような口調のミカエルに、フィブリスは咳払いをする。


「そのお名前は些か安直では・・・まあいいでしょう。そうですね。何しろその魔術師は今や国一番の使い手であられますからね。我々を出し抜くなど朝飯前でしょう。それでは、私は書状を手配すれば宜しいのですね」

「ああ。久しぶりに我がいとこ殿にお会いしたいのでな。近々表敬訪問したい旨、伝えてくれ」

「すんなり承諾するとは思えませんが、まあ無碍むげにも出来ないでしょうね。しかし万一向こうが承諾したとしても、国王が自ら蜥蜴とかげあぎとに飛び込むのはいささか軽率では?」


鋭い目を向けられて、ミカエルは『慈愛の王』らしからぬ悪どい笑みを浮かべた。


「そこはほれ、何とでもなるだろう。万一私がいなくなっても、優秀な後継ぎは山ほどいるしな」


フィブリスは呆れ混じりの溜め息を付く。


「そんなお顔、ここ以外では絶対にしないで下さいね。確かに陛下の御子様方はどなたも優秀であられますが、隠居するにはまだ早いですよ。まあ、表敬訪問が実現した際には万全の準備をした上で私も付いて行きますから、万一にもそんな事は起こりえませんが」

「ああ、頼りにしている」


にこりと今度は春の長閑のどかな空気を纏ったような笑顔を向けられて、フィブリスはしょうのない幼子を見るように微笑んだ。


「それでは草稿を仕上げてからまた参ります。しばらく誰もこの部屋には近づかないよう、人払いをしておきましょう。では失礼いたします」

「ああ」


フィブリスが静かに出て行くと、ミカエルは執務室の大きな椅子に座り直した。

分厚いリンドの木のテーブルに、そっと銀硝石の玉を置く。


「ソーマ、どのような青年に育ったのだろうな。産まれた時はあの髪と目の色で先祖返りと皆、湧いたものだ。だがまさか至宝のオメガでもあったとは、誰も予想だにしなかった」


ミカエルはテーブルの二重引き出しから正八面体の黒月石こくげつせきを取り出すと、手の平に収まるそれをじっと見つめながら過去を思い出していた。


シルバーアッシュの髪、蒼い目の特徴を持つフェニキリア人の中には、時折、濃いグレー、紺に近い色合いの濃い色を持つ子供が生まれる。髪色や目の色が濃いほど、始祖である神獣、不死鳥フェニクスの血が濃いとされ、事実そういった者達は他の者より高い能力を備えていた。


それもあり、ソーマの誕生には王族、国民皆が喜び、大いに沸いたのだが、生まれて数日でその喜びは地に落とされた。


元々体の弱かったアンリ妃が、産後に衰弱して命を落とした事も勿論だが、洗礼の儀式の際にソーマが『至宝のオメガ』であると分かってしまった事が大きかった。


あの日、地下の王族しか入れない秘密の石室で、眠るソーマを抱いた旅装姿のラファエルが起動した魔法陣の上に立っていた姿を思い出す。


「兄上、これは私の独断。全て私の責であり、兄上は私のこれまでの行動も思惑も一切関知しておられませんでしたね。今初めてこのような顛末を知り、さぞ驚かれていらっしゃるでしょう。しかし貴方にはどうする事も出来ない。なぜなら私の邪魔をすれば、貴方の大事な御子様方に呪いが降りかかるからです。ほら、この黒月石。私が念じれば呪いが発動します」


そう言って正八面体の黒い石をミカエルに見せつけるラファエルに、ミカエルは呆れた顔をした。


「それは単なる通信石だろうが」


ラファエルは堪えきれずに吹き出す。


「あははっ!全く兄上は~。ノるなら最後までノって下さいよ?はいはい、その通りです、僕だって大事な甥っ子や姪っ子を本当に害そうなんて思ってませんから。これは兄上に差し上げますよ。・・・もし、何か、それこそドラコニアが攻めて来て兄上の命が風前の灯火、みたいな事があれば兄上の魔力を込めて呼び掛けて下さい。他の人間には一切反応しないように創ってありますから。その時は何を置いても駆けつけますよ。まあそんな事起こる筈もないですから、きっとこれが今生のお別れですけどね」


何とも言えず、ミカエルは黙ってラファエルを抱き締めた。


「お前達にフェニクスの加護があるように」


言って、眠っているソーマの額にキスを落とす。


「・・・兄上」


一瞬、辛そうな顔を見せたラファエルだが、すぐにいつもの気の抜けた笑いを浮かべた。


「ほら、離れて下さい。転移に巻き込まれますよ。発動したら使えなくなるようにしておきましたから、心配は要りません。それじゃあ兄上、お元気で」


最後だというのに、あっさりと、その辺りにでも出掛けるくらいの軽さだった。魔法陣の光と共に消えて行くラファエルの姿を見送ったミカエルは、気が抜けて茫然と手の中にある黒月石を握りしめたのだった。



「あれから20年か。いくら我らが長寿だとはいえ、長かったな・・・」


回想から戻って来たミカエルは、意識を集中するとあの時の黒月石に魔力を流し込んだ。

流し込めば込むほど、長い間休眠状態にあった石が目覚めるのが分かる。

ビリビリと魔力が満ちた印を感じて、ミカエルは息を整えて呼び掛けた。


「ラファエル・・・聴こえるか?」


妙にうるさい心臓の音を聞きながら、少しの気配も逃さないように集中する。


ごそごそとこもった音がしたと思ったら、とんでもない大声が耳をつんざいた。


「ふっ、ふわぁあっ!山本さん?ごめん、まだ原稿終わってなくってー・・・って、あれ、これスマホじゃない・・・ああ!?」

「―――ラファエル!私の耳を殺す気か!?」

「あっ、あにうえーーー!!?」

「おいっ!加減しろ!」


二度も至近距離で大音量を浴びせられて、ミカエルはくらくらした。

が、同時に空白の時などなかったかのような、相変わらずのラファエルの様子に嬉さがこみ上げる。


「いやぁ、すみません。さっきまで魔力回復の為に仮眠を取っていたもので、寝ぼけてましたよ~。それにしても、久しぶりですねぇ兄上~!お元気そうで何よりです」

「全く、相変わらずだな。呑気なお前の声を聞いたら、今の状況を忘れそうだ」


苦笑するミカエルに、少し真面目な声色でラファエルは言った。


「そうそう。その事で兄上から連絡があるんじゃないかと思っていましたよ。先に言っておくと蒼真くんは無事ですよ。ついさっきまで僕と話してましたしね」

「おお、そうか・・・やはり何らかの対応はしていたのだな。お前が何もせずにソーマを奪われる訳はないとは思っていたが、いきなりの事でこちらも焦った。ソーマは、やはり蜥蜴の城か?」

「ビンゴ・・・って言っても通じないんだった、その通りですよ」


ラファエルから仔細を聞かされたミカエルは唸った。


「ドラコニアには表敬訪問を打診するが、おそらく簡単には行かないだろう。実現したとしてもソーマを連れ出す事は難しい。だがお前がそうやってソーマと連絡が取れるなら、しばらくはそうしながらソーマ自身があの城から抜け出すように手助けする他ないな」

「そうですね。僕もそれがいいと思います。むしろ腕輪でのコミュニケーションの方が色々やりやすい。ただ日本からだとやっぱり燃費が悪いんですよね~。僕らは蜥蜴ちゃん達のように魔素を必要としないですけど、地球だと僕らの力の源、エーテルの変換効率が悪くて消耗が激しいですし。という事で兄上」


ラファエルが何を言い出すか予想は付いていたが、ミカエルは一応尋ねた。


「・・・何だ」

「久しぶりに兄弟での共同作業と行きましょう。大丈夫、基礎は出来てますからちょーっと手を加えるだけの、簡単なお仕事ですよ~」


どこか浮かれた様子のラファエルに、ミカエルは溜息を付いた。


「はぁ、私もこういう事は久しぶりだからな、お前の指示に従う。・・・待て、フィブリスがドラコニアへの親書の草稿を仕上げて来たようだ。また後でこちらから連絡する。それまでに出来る準備はしておく」

「はいはーい、それではまた、兄上」


魔力を通すのをやめると、黒月石はまた元のように休眠状態になった。

同時にドアをノックする音が響き、入って来たフィブリスにミカエルは指示を送る。


「アマリエルを呼べ」


名前を聞いたフィブリスは、悩ましい顔をした。


「アマリエル殿下ですか、魔術師の塔にこもりっきりですからね・・・御父上の命でも素直に従うかどうか」

「案ずるな。こう伝えろ。『お前の知りたがっていたあの石室に連れて行ってやるから、今すぐ来い』とな」


にやりと笑うミカエルに、フィブリスも釣られて笑ってしまう。


「なるほど、それなら飛んで来られますね」

「それと、いくつか用意して欲しい物がある。すぐにだ」


ミカエルはテーブルの引き出しから紙を取り出すと、ペンを走らせた。


「承知いたしました。それでは行って参ります。ああ、こちらの草稿は」


フィブリスの差し出した草稿をざっと読んだミカエルは頷いた。


「これで良い。清書したら魔法印を押してドラコニアに送れ」

「畏まりました。それでは失礼いたします」


フィブリスが丁寧に礼をして部屋を出て行くと、ミカエルは久方ぶりに高揚している自分に気付いて苦笑した。


「そんな場合ではないというのにな。あ奴と関わるとどうもあの能天気さが移ってしまう。災い転じて福と為す、となれば良いが―――ああ、紅茶を頼む」


独り言ひとりごちて、一息つくためにテーブルの魔法鈴を鳴らして小姓を呼ぶと、ミカエルは窓から見える眩しい青空に目をしばたたかせた。



*****

ストック尽きた( ;∀;)

今回ルビが多いです。前、身内に『難しい漢字はルビ振れ!』って言われたんで、振ってみました・・・でもルビ付けだすと今度は全部にルビ振りたくなる(;^ω^)

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BL 俺が至宝のオメガ!?異世界のゴタゴタに巻き込まれるのなんてゴメンなんだけど にあ @padma

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