第9話 イルヴァース
「・・・蒼真、入ってもいいかな」
「入れよ、ニール」
答えると扉が開いて、固い顔をしたニールが入って来た。
顔立ちはいつものニールと同じだったけど、茶色の髪はさっきのヴェルジードと同じ銀色、瞳の色は青に変わっている。色合いのせいだけじゃない、いつもの穏やかなニールが嘘みてぇに冷たい印象だ。
「そっちのが本当ってわけか?」
つい、険のある声になってしまったけど、しょうがないよな。
「ああ」
「いいからそこ座れよ。全部話して貰うから」
ベッドからちょっと離れた所にソファがあったから、そこにニールを座らせる。
ニールは相変わらず固い表情のまま、俺と目を合わせようとしない。
そんな態度を見てたら、ムカついて来た。
「お前さ、最初から俺のことこうやって拉致しようと思って近づいて来たのか?」
「そうだ」
俯き加減ながらも、はっきり言われて、改めてショックを感じる。
「そうかよ、じゃああんな風に気が合ってたのも、色々手助けしてくれてたのも全部演技で、俺がまんまと騙されてお前のこといいダチだって思ってただけなんだな」
「そうなるな」
「・・・っ」
本当に同じ人間とは思えないくらい、冷たい、機械的な態度だ。
人が良くて、当たりが柔らかくて、いつも微笑んでたニールはやっぱ、作り物だったってことかよ。
自分でも意外なくらいの喪失感と胸の痛みを感じて、足元がふらつくような気がした。
いや、ダメだ。
今こいつの前で弱い所なんて見せられねぇ。
気合を入れ直すと俺はニールを真っ直ぐ見た。
「話せよ。この世界のこと、お前らの目的、俺をどうするつもりなのか」
「分かった」
顔を上げて俺を感情のない目で見つめながら、ニールは話し始めた。
「この世界の事はさておき、まず目的から話す。蒼真、お前は自分が『至宝のオメガ』だと分かっているか?」
「ここに来てからそう呼ばれてるからな。さっきだってやたら威圧感の強ぇ男にそう呼ばれて迫られたし、お前らが俺をそう思ってるってことは分かってる」
オヤジのことは言えねぇし、そう答えるとニールは軽く頷いた。
「何も知らされずに育ったようだな。単刀直入に言うが、お前は20年前にフェニキリアの第二王子だったラファエル王子とアンリ妃の間に生まれた、100年ぶりの『至宝のオメガ』だ」
「・・・」
さっきオヤジに教えられて分かってたけど、やっぱり何度聞いても嘘みてぇな話だ。
黙ってるとニールは言葉を続けた。
「だがお前は生まれて数か月でお前の父、ラファエル王子によって異世界に連れ去られ、この世界との関りを絶たれた。本来ならば、至宝のオメガは架け橋として他国の王族と婚姻を結ぶのが道理。そしてお前と結ばれる筈だったのが、この中つ国で最も隆盛を誇る我がドラコニアの王位継承者である、ヴェルジード殿下だ。つまり、今の状況は本来あるべきだった形に戻ったと言える」
「おい、ふざけんなよ!勝手に拉致しといて何が本来あるべき形だ!大体何で俺がその殿下って奴と結婚なんかしなきゃいけねぇんだよ!?そもそも俺、男だし!」
カッと熱くなって反論したけど、ニールは無表情のまますげなく答えた。
「何も問題ない。ここでは男同士の婚姻も普通にある上に『至宝のオメガ』となれば、それが男だろうと女だろうと何も関係ない」
「あるに決まってんだろうがよ!俺の意思は?俺は、俺を道具みてぇに利用したい奴となんか、絶対に結婚しねぇからな!絶対に同意しねぇ!」
興奮のあまり立ち上がって叫んでしまった。
ニールはそんな俺を見つめて、何か言おうとした。その青い目には、この部屋に来てから初めて感情が映し出されていた。憐憫という名の。
「・・・んだよ、その目はっ・・・」
「確かに同意ない行為に及んでも、至宝のオメガの力は発揮されない。だけど、もう君はここから出られやしないんだよ。何年も何年も掛けて、君の抵抗し続ける心は削られて行く。そして最後には心が折れて、ヴェルジード殿下に跪く時が訪れるんだ」
「はぁ!?っざけんな!」
暗い目をして、まるで呪いみたいに呟くニールの言葉にゾッとするのとムカついたのとで、俺はニールの襟元を掴み上げた。
・・・なんだよこいつの目。
死んでるみてぇな、暗い、生気のない目。
日本にいた時のキラキラして、楽しそうな嬉しそうなあの目って、ホントにただの演技だったのかよ?
「俺は折れたりしねぇ。大体なー、結婚なんて、俺は好きな奴としかしたくねぇの!
好きでも何でもねぇ、つかむしろあいつなんて、ファーストコンタクトで既に嫌いになったっての!結婚なんて絶対嫌だし、お前らの思惑通りにはなってやんねぇから」
そう言ってやったら、ニールは一瞬ぽかんとしていたけど、自嘲気味にふっと笑って無表情に戻った。
「他に聞きたい事は?」
「この世界について教えろよ。あと、俺を地球に戻すことは出来るのか?」
「出来るが、異世界への送還も召喚も、多くの人間を犠牲にしないとならない。それにこのドラコニアでわざわざ君を送還しようなんて考える者は誰もいない。つまり地球には戻れないという事だな」
ニールの言葉に思う所はあったけど、俺は黙って話を聞き続けた。
とにかく今は情報収集が先だ。
この世界は魔法や魔獣が普通に存在するファンタジー要素の強い世界みたいで、基本的な所はオヤジが書いてるラノベによく似ていた。
つぅか、オヤジのやつ、そのままこの世界のこと書いてたんだろ。
こんなん、ズルじゃねぇか。
でもまあ、そのおかげで俺は何不自由なく育って来たんだから、文句は言わないけどな。
大まかな所は、さっきオヤジに説明されたのと被っていたが、初めて聞く話もあった。
国民全員が何らかの魔法を使えるこの世界でも、とりわけ能力の高い人種っていうのがいて、それがドラコニア人とフェニキリア人らしい。
なんでかっていうと、ドラコニアとオヤジの国フェニキリアは、それぞれ竜と不死鳥という神獣が人と結婚して出来た国らしくて、国民はそれぞれ神獣の特徴や能力を発現するそうだ。
大雑把に言えば、ドラコニア人は魔力でゴリ押しのパワータイプ、フェニキリア人は繊細なテクニックと知識で乗り切る学者タイプって感じだ。
ってことは、さっきニールが無理って言ってた送還も、オヤジの国なら出来るかもしんねぇよな。だってオヤジ自身、この世界から俺を連れて地球に来たっていうんだから、何とかなるんじゃないか?犠牲云々って話はちょっと引っ掛かるから、後でオヤジに聞いてみるつもりだ。
「まあ、大体分かった。もういい、一人にしてくれよ」
オヤジと相談したくてそう言うと、ニールは頷いて立ち上がった。
「王宮内では自由に振舞っていい。誰も至宝のオメガである君の事は咎めないし、邪魔したりもしない。何か要求があればベルを鳴らして小姓を呼べばいい。それでは俺は失礼する」
立ち去ろうとするニールを黙って見送っていたら、ふいにニールが足を止めて俺を振り返った。
「・・・ニールという名は地球で使っていた名で、こちらでは馴染みがない。もし俺を呼び出したい時は、『イルヴァース』と呼べ」
「それが本名?」
聞き返すと、ニール、いやイルヴァースは頷いた。
「じゃあな、イルヴァース」
そう呼んでやると、イルヴァースは俺をまっすぐ見つめた後、目を逸らして部屋を出て行った。
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ス、ストック終わった(´ ω` )続きも書けますようにっ!
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