第3話 それぞれの思いと計略
蒼真が行ってしまうと、ラファエルは小さく溜息を付いた。
「大きくなったな、蒼真くん」
その事は喜ばしい。だが、成熟したという事は今までよりもっと警戒しなければならないという事だ。
(今日の奴も見事にマインドコントロールされてたな)
朝の暴漢を思い出す。
そいつが近付いて来るのは分かっていたから、事を荒げないよう静かに倒すつもりだったのが、殺気を察知した蒼真に蹴り飛ばされて大騒ぎになってしまった。
自分を守ろうとしてくれた事は純粋に嬉しかったが、その後の事まで考えてなかった蒼真の焦った様子を思い出すと、くすりと笑えてしまう。
(魔力が無くなれば死ぬしかない向こうの奴らは『ここ』には来れないからな。ああいう手しか使えないだろうけど、それにしても頻度が増えた。やっぱり蒼真が成熟したからだな。何としてでも手に入れたいんだろうけど、そうはいかないよ)
知らず知らずのうちに力が入って、ラファエルは手の中のビール缶をくしゃりと潰してハッとした。
「あらら・・・こんな潰し方したらまた蒼真くんに怒られちゃうな。綺麗にぺったんこにしないとね~」
そう
「んー、蒼真くん、ほんと料理上手いなぁ。ああ、こうしてここでずっと蒼真くんと平和に暮らしていたいよ」
ここでなら、蒼真は己の運命に翻弄される事もなく、幸せに生きていける。
実際蒼真も、何だかんだラファエルに文句を言いながらも、充実した学生生活を送っていた。
もしあのままあそこにいたら、絶対に見る事はなかっただろう蒼真の、くるくるとよく変わる顔。
笑ったり、呆れたり、怒ったり、怒っ・・・
最近は呆れたり怒っている顔ばかりのような気がしなくもないが、きっと気のせいだろう。
「あーあ。昔はあんなに素直に僕の言う事を、キラキラした目で信じてくれてたのにな~。あの頃の蒼真くんはホント、可愛いかったぁ~」
ラファエルは昔を思い出してちょっと溜息を付いた。
だけど、そうやって悪態を付けるのも、蒼真がちゃんと心の底では自分を親として信頼して、安心しきってくれているからだと思うと、顔がにやけてしまう。
あの時、ここに来る決断をして良かったとラファエルは思う。
だけど今日みたいな事があると、どうしても向こうの事を思い出してしまう。
(もう、20年か。あっちはどうなってるんだろう。・・・まあ、僕を待ってる人はもういないから、いいんだけどね・・・)
思い出すのは、蒼真の母である亡くなった妻の事。
そして妻に悪いと思いながらも、どうしても忘れられないあの人の事だ。
あの時の自分にはどうしてやる事も出来ず、ただ遠くへ行ってしまうあの人を涙を堪えて見送る事しか出来なかった。
どう考えても幸せでいるとは思えないが、生きていてくれたら・・・と願わずにはいられない。
「はは、こんな所にいて何も出来ない僕が、そんな風に思うことすらおこがましいよな・・・」
少し感傷的な気分になったラファエルは、気分を変えようとすっかり慣れ親しんだ文明の利器、スマホを取り出して、お気に入りの動画配信アプリを開いた。
「あ!新しい動画、アップされてる~!」
ぱっと明るい顔になったラファエルは、ふにゃふにゃに解けきった顔で画面の中でゴロゴロ言っている猫を見つめた。
そして「ふへへ・・・さくらちゃんは可愛いなあ~」と悶えている様を風呂上がりの蒼真に見られ、「うわ、40男がくねくねすんのやめろよ」と引かれるのだった。
*******
同時刻。平和な日本とは対称的にそこはかとなくピリピリした空気が漂う世界。
魔法の光が重厚な黒いイヴリス石で出来た城内を明るく照らす中、一人の男が神経質そうな顔に苛立ちを顕にして歩いていた。
このドラコニアでは珍しいアッシュグレイの髪色は、同盟国であると同時に仮想敵国でもあるフェニキリア人の血が混ざっている事を物語っている。
男が向かっているのは、この国の第一王子の執務室だ。
「クソッ!何で俺が呼び出されなきゃいけないんだ!俺じゃなくてあいつらが無能なせいだろうが!」
男は心中穏やかでいられず、誰もいないのを良い事にさっきから悪態を繰り返している。
だがさすがに執務室が近付くと口を閉じ、少し震える手でドアをノックした。
「失礼します。レイド=ヴァイン、お召しにより参上いたしました。入ってもよろしいでしょうか」
ややあって、中から若い男の声が答えた。
「入れ」
「は、失礼いたします」
レイドが中に入ると、すぐに執務室のチェアに腰掛けていた若い男が口を開く。
「レイド、また失敗したそうだな。これで何度目だ?いつになったらあの男を亡き者にしたという、晴れ晴れしい報告を聞く事が出来るんだ?」
生粋のドラコニア人の特徴である、輝くような銀色の髪と金色の瞳を持つ美しい青年は、苛立ちを隠そうともしなかった。
「も、申し訳ございません。何分、魔素の全くない世界での事であり、思うようにコントロールが効かず・・・」
「言い訳など聞き飽きた!」
頭を下げたまま言い繕っていたレイドは、その叱責にビクリと体を震わせた。
いくら防御魔法で身を固めていても、ドラコニア人、その上、最も力を持つ王族の魔力を乗せた一喝を受けては、平然としている事など不可能だった。
声も出せずに小刻みに震えているレイドを冷ややかな目で見つめて、青年―――ドラコニアの第一王子、ヴェルジードは言った。
「もう良い。私の方で既に手は打ってある。お前はそいつの補佐に徹しろ。明日から転移の魔法陣の詠唱に加われ。あんな奴でも今は役に立って貰わんと困るからな。絶対に手は抜くなよ」
「なっ・・・!」
転移の魔法陣の詠唱と聞いて、レイドは反射的に顔を上げたが、ヴェルジードは反論など聞かぬとばかりに背を向けていた。
「・・・お、お待ち下さい・・・!そ、そんな、それでは私は、私の命は・・・!」
ぶるぶると震える手で何とか声を絞り出したレイドに、ヴェルジードはもう一度魔力を乗せて言った。
「もう行け。断る事は許さん」
無慈悲な死刑宣告を受け、レイドはふらふらと扉を開け執務室を出て行った。
引き摺るような足音が遠ざかると、ヴェルジードは「ハッ」と息を吐き捨てた。
(薄汚い不死鳥の血が混じったゴミが・・・結局大して役に立たなかったが、さて、もう一匹のゴミはどうかな?これだけの手間暇を掛けて何の成果も持ち帰れないとなれば、堂々と処分する事が出来るし、うまく行けばそれはそれで良い。失敗してあちらで死んでも、惜しくない存在だからな)
「全く、我ながら良い方法を思い付いたものだ」
くく、と笑うヴェルジードの金色の瞳は、ドラコニア人が興奮した時に見せる、爬虫類そのもののような細長い瞳孔に変化していた。
「ああ、早く来い、早く、我が手に収まれ。至宝のオメガよ・・・」
王族の中でも最も魔力の高いヴェルジードが興奮した事により、室内の魔力灯は乱れて激しく点滅を繰り返し、いくつもの魔力灯が破裂した。
「ちっ。
興を削がれたヴェルジードの瞳はまた元のように人と同じ形状に戻ったが、体の奥に残る興奮を鎮めるために、
「お呼びでございますか」
「私の部屋に何人か見繕え。お前も来るんだ。いいな」
「は、はい」
見目麗しい小姓の少年が、頬を赤らめながら頷いて部屋を出て行くのを、ヴェルジードは獲物を丸のみする蛇のような目で見送った。
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