第2話 よくある事

爽やかな5月の朝。

よく晴れてるし、出掛けるにはぴったりな休日だ。

俺は窓から差し込む太陽の光に気持ちがアガって来て、ハイテンションで朝の支度を済ませた。


「よーし、せっかく行くんだ。今日は俺も楽しむぜ!」


今日の予定に意気込んでいると、リビングの隣の部屋でずっとアラームが鳴っている事に気付く。


「―――ったく!あのオヤジは!やっぱりこれかよ!」


俺は一向に止められる気配のないスマホのアラームにイライラしながら、寝室に突撃すると、カーテンを開け放ってベッドの前に仁王立ちした。


「オヤジ!アラーム鳴ってんぞ!起きろよ!」


けど、布団の山は微動だにしねぇ。


「おいっ!このクソオヤジ!起こせっつったの、てめぇだろうが!」

「ぅう~~ん・・・まだ眠いんだよ・・・」

「こら!布団被り直すなって!」


俺はイライラしながら、でけぇカタツムリみたいになってるオヤジを足でげしげし蹴っ飛ばしたけど、布団の塊が揺れるだけで一向に起きやしねぇ。

ああ、めんどくせぇ!


「打ち合わせ10時からなんだろ!もう9時半だぞ!?あんだけ昼夜逆転直せって言っただろうがよ!俺だって出掛けんだから早くしろ!」


げしぃっ!どさっ!

「んあっ」


最後にベッドにのって、両足でオヤジを床に蹴り落としてやったら、やっともぞもぞと起きだして来た。


「も~、酷いよ、蒼真そうまくんってば~」


頭を擦りながらのっそり起き上がるオヤジの、アッシュグレイの髪の毛が鳥の巣みたいになってるのを見て、俺は慌ててオヤジを洗面台に押しやった。


「早く支度しろ!人待たせんな!」

「はいはーい・・・」


まだ眠そうな声でそう言いながらオヤジが顔を洗って歯磨きするのを横目に、俺は脱ぎ捨てられたパジャマを拾って洗濯機に突っ込んでスイッチを押した。


「飯食うの?」

「ん・・・いいや。打ち合わせしながら食べるから~」

「あそ」


ったく、いい大人が大学生の息子に世話やいて貰ってどうすんだ。

とは思うものの、金銭面では世話になってるからな。

その分はきっちり働いてやるぜ。


「よし、じゃあ俺先に行くからな―――」


言いかけて後ろを振り向いたら、


「僕も一緒に出るよ」


いつの間にかすっかり支度を済ませたオヤジが笑って立っていた。

ぐしゃぐしゃだった髪の毛は綺麗に整えられて、カジュアルなジャケットにパンツを身につけたオヤジは、いつ見ても40才とは思えない。


「あんただけ時止まってない?」


思わずそう言ってしまうほどに、見た目は20才の俺と兄弟にしか見えなかった。


「あはは、よく言われる~」

「ったく、見た目だけじゃなくて中身も俺より年下だろ」


まあラノベ作家だし、こういう感性じゃないとやってけないだろうから、いいっちゃいいんだけどな。


「あ、待って蒼真くん」


靴を履いていたら、後ろからオヤジが俺の首筋に手を伸ばして、すりすりと撫でた。


「何だよ、またその『魔法』やってんのかよ」


呆れながらもされるがままにしてやると、オヤジはニコッと笑う。


「うん、もうずっとやってるから、毎日やんないと気になっちゃって~。はい、もういいよ。あ、ちゃんと腕輪もしてるよね?」


確認されて、俺は溜息を付くと右腕を上げて見せてやった。


「ほら、ちゃんとしてるって。大体外した事なんてねぇだろ」


オヤジは昔からこんなで、怪しげな事をよく言ってた。魔法がどうたらとか、自分は由緒ある王家の血筋で俺もそうなんだとか、この腕輪もその一環で、付けてると悪しきものを呼び寄せないだとか。


昔の俺はオヤジの言う事を全部信じ切って、すげぇ!って心酔しててさ、学校でも普通に話してたんだよな。

小学校の頃は良かった。けど、中学辺りから「2組の谷崎蒼真って、すげぇんだよ」って噂になってさ。

最初は俺、すげぇやつだと思われてる?ってめっちゃ浮かれてたんだけど、よく聞いたら「すげぇやべぇ中二病なやつ」だと知って、死ぬほど恥ずかしくなって学校でそういう話をするのは止めた。


オヤジの言う事も、あれはオヤジの妄想だったのか、って分かってがっかりもしたけど、ラノベ作家だしあれが創作の糧になってるんだなって納得もしたから、家ではオヤジの戯言に付き合ってやってるけどな。


「うん、ならいいんだ。じゃ、行こうか。蒼真くんは今日デートだっけ?」

「はぁ?デートな訳ねぇだろ。何人もいるし、そもそもみんな男だぞ?ただ、留学生に街案内するだけだっつうの」


俺は玄関のドアを開けながら呆れて言った。


「そうなんだ~、まあ適役だもんね。僕ら、どこの国の言葉でも喋れるし~」


俺がガキの頃、オヤジの言う事を丸ごと信じてたのにはいくつか理由がある。これもその一つだ。

何故だか俺とオヤジは、教わってもいないのにどんな国の言葉も理解できるし、話す事が出来る。オヤジはそれをスキルだって言ってたけど、そんなラノベの世界みたいな事が現実にあるわけねぇ。


だけど、俺とオヤジだけにそんな能力がある理由も分かんねぇ。茶化さねぇで理由教えろって迫ったけど、いつだって「だからそれはスキルなんだって~」「才能の一つだと思っておけばいいじゃん」なんて言われて躱されてばかりだ。


「蒼真くん、どこまで行くの?」


駅まで一緒に歩きながら、オヤジが聞いて来る。


「あー、東京駅で待ち合わせしてんだ。それから有名どころを案内してやる約束になってんだけど」

「ふーん、そっか。秋葉原は絶対連れてってあげなよ。ついでに僕の本もオススメしといて」


くふふ、と笑うオヤジに俺はジト目を向ける。


「もう、持ってるってよ」

「へぇ?やった~。その子達お目が高いね~」


浮かれてスキップし始めた40才を、道行く人がぎょっとして見ている。

これだもんなあ。


「ん?なになに~?今日もパパがカッコ良過ぎて見惚れちゃった?」


俺の呆れた視線を勝手に解釈してそんな事を言うオヤジに、「そんなわけないだろ」と返したものの、通行人の主に女性からはうっとりした視線を向けられてんのも、事実なんだよな。


会った事はおろか、見た事すらねぇけど、俺のじいさんとばあさんは超絶美形のイギリス人だったらしい。らしいっていうのは、もう死んでるって聞いてるからだ。写真もねぇ。

そんな親から生まれたオヤジは、アッシュグレイの髪に綺麗なブルーグレーの目をしてて、息子の俺が見てもモデルかと思うくらいのイケメンっぷりだ。


けど、息子の俺は「超絶美形の遺伝子どこ行った!?」って感じで、普通に黒髪黒目の日本人ぽい容姿をしている。まあハーフと言われればそうかな、程度には目は青みがかった黒だけどな。


死んだ母さんの事は何となく聞きにくくてあんまり聞いた事はねぇけど、きっと平凡な普通の人だったんだろう。写真くらい残しといてくれりゃいいのに、このオヤジは写真ってやつが嫌いで、母さんの写真がないのは当然、俺の写真だって一枚も撮った事ねぇんだから、やっぱ頭のネジ、どっかぶっ飛んでるよ。


「それじゃ、曽我さんによろしくな。前貰ったケーキ美味かったってお礼言っといて」


駅に着いてそう言ったら、オヤジはきょとんとした。


「え、今日会うの曽我さんじゃないよ。曽我さん、体調悪くて二週間くらい自宅療養してるらしいんだ」

「あれ、そうなんだ・・・じゃあ今度お見舞い行かないとな」


曽我さんはずっとオヤジの担当だった人だ。だから家にもよく来てたし心配になってそう言うと、オヤジもちょっと心配そうな顔になった。


「だよね~。でも家族の人が言うには誰にも会いたくないらしくてさ・・・気になるけど、そういう時はそっとしておいてあげた方がいいよね」

「そっか・・・あ、時間やべ。じゃあ行くわ俺」


気にはなったけど、時間も押してて俺は慌ててパスケースを取り出した。


「うん、分かった。じゃあね蒼真くん、夜までには帰るから~」


俺はオヤジと別れて改札をくぐろうとした。

だけどその瞬間、ピリッと首筋にひりつくような痛みを感じて振り向いた。

同時に、別の線の改札に向かって歩き出したオヤジの手を引っ張って、包丁のようなものを振りかざして襲い掛かって来た男を蹴り飛ばす。


ゴツッ!


痛そうな音を響かせて、男は数メートル先まで吹っ飛んで行って転がった。

周りからきゃああと悲鳴が上がって騒然となる。


やべぇ。

慌てて思いっきりやっちまった。死んでねぇよな?


昔から自分や親しい間柄の人間に危険が迫ると、首筋がチリついて気付く。

そしてその時は異常な身体能力を発揮して、危機を乗り越えちまうんだ。

火事場の馬鹿力的なやつだと自分では思ってる。


「蒼真くん、僕なら自分でどうにでも出来るから大丈夫なのに~。派手にやっちゃったね。これじゃお友達待たせちゃうんじゃない?」


今襲われかけたってのに、呑気な声でオヤジが言う。

俺がオヤジの妄想を信じてた他の理由はこれだ。


昔からオヤジはしょっちゅうこんな風に、訳の分からねぇ相手に襲われかける。

相手は酔っ払いだったり、何かのクスリをキメてる奴だったり色々だけど、オヤジが言ってた「僕は王家の血を引く重要人物だからね~。僕の事を消したい相手はいくらでもいるんだよ」なんて戯言も、あながち嘘じゃねぇ気がして来るよ。


「そうだったよ・・・警察の取り調べとか受けてたら絶対遅くなるよな・・・ああ、もう、今日キャンセルするしかねぇか」


俺は溜息を付いてスマホを取り出し、今日会う予定だった留学生の一人にメッセージを入れた。


名前はニール。最近フランスから来た奴だけど、翻訳とか手助け要らねえんじゃねぇの、ってくらい、日本語もペラペラだし読み書きも完璧だから、俺の助手みたいな感じで今日も来て貰う事になってた。


『ちょいトラブルに遭って何時間か遅れるから、悪いけどみんなの事案内してやってくれる?』

そう打つとすぐに既読が付いて返信が来た。

『分かった。こっちは心配しないで。蒼真は今日は来なくても大丈夫だよ』

そう言われてホッとして、よろしく、と返信した。


結局そのあと俺もオヤジも数時間警察であれこれ聞かれて、とんだ災難だった。襲って来た男は例によって何かのクスリをキメていたらしく、何でオヤジを襲ったのか動機も分からずじまいだった。


普通ならこんな事があったらトラウマで眠れない夜を過ごしそうなもんだけど、オヤジはいつも通りに「蒼真くんの作ったご飯は美味しいね~」なんて、俺の分までトンカツ食って、ビール飲んでご機嫌で、俺は呆れながらも「今日は早く寝ろよ!」ってバスルームに向かったのだった。



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