第4話 留学生ニール

「おいっ!クソオヤジ!あんだけ今日は早く起きろっつったろうがよ!編集さんと打ち合わせし直しなんだろ!?こら!寝直すんじゃねぇ!」

「うぅ~ん、まだ眠いんだよ~」


デジャヴか?ってくらい、昨日と同じパターンででけぇカタツムリになったオヤジを、またしてもベッドから蹴り落として起こしてやりながら、俺は溜息を付いた。


「俺、もう学校行くからな!今日1限からなんだから!絶対遅れんなよ?」

「ふわぁ~い・・・いってらっしゃい~」


やっと洗面台に立ったオヤジを横目に急いで玄関に行って靴を履いていると、「あ、ごめん、ちょっと待って」とさっきまでグダグダしていたオヤジがしゃんとして、俺の首筋にいつもの『魔法』を掛けた。


ったく、何の意味があんだか知らねぇけど、まあこれできっちり目ぇ醒ましてくれたみたいだからいいか。


「じゃあ気を付けてね~」


ひらひらと手を振るオヤジに「おう、じゃあな!」それだけ言って、俺はダッシュで家を飛び出した。


けっこう時間、押してる。

それもこれも、あいつがさっさと起きねぇからだよ。


ちょっとだけ、俺は本気を出して走った。

気合入れると、自分でもおかしいんじゃねぇか?って思うほど、速く走れる。けど、あまりにも速すぎるから中学辺りから本気出すのはやめた。


目立ち過ぎて噂されんのはこりごりだったから。


「はー、何とか間に合いそうだな」


無事にいつもの電車に乗れて、揺れる電車の窓から外の景色を眺めていたら、ふいに肩を大きな手で掴まれた。


びっくりして振り返ると、茶髪にヘーゼルの瞳の長身イケメンが柔和な微笑みを浮かべて俺を見ていた。


「蒼真、おはよう」

「ニール!?お前、この辺住んでたの?」

「うん、そうだよ。〇〇駅なんだ。蒼真は?」

「えー!すげぇ偶然だな、俺も同じ駅だよ。何だよ、早く言ってくれれば街案内したのに」


ニールが俺の大学で学び始めたのは、先週からの事だ。

まだ知り合ってちょっとしか経ってねぇけど、こいつ、フランス人にしては自己主張強くねぇし、めちゃくちゃ性格良くて、何て言うか普通に人のいい日本人なんだよな・・・


俺の手伝いも進んでしてくれるし、正直すっげぇ助かってる。

主張の強い留学生相手に色々大変な思いをしてる俺にとって、ニールは癒しで天使だった。


読み書きはパーフェクトだけど、日本に来るのも一人暮らしも初めてだって言ってたし、まだ色々分かんねぇ事もあるだろう。

だから、そんなニールの面倒なら喜んでみてやるつもりでそう言ったんだけど、さすが天使というか、ニールは微笑んだまま「うん、でも大丈夫だよ。俺、もう大分慣れたから」なんて言って、少し心配そうな顔で昨日のことに触れて来た。


「それより昨日は大丈夫だった?何かトラブルに巻き込まれたんでしょ?」

「あ、そうなんだよ。ちょっと駅でクスリやって暴れた奴がいてさ・・・誰もケガとかはしなかったんだけど、警察に色々聞かれて大変だったよ」


苦笑交じりの俺の言葉を、ニールは頷きながら真剣な顔で聞いてくれてた。


「そうか・・・大変だったね。でも怪我がなくて良かった」

「こっちこそ昨日悪かったな。お前一人に案内任せちゃってさ。あいつら大丈夫だった?」


そう言うとニールは笑った。


「ああ、みんな、はとバスっていうのに乗りたいって言ったから、俺は楽だったよ。終わった後はアキハバラで楽しんでたし。俺も楽しかった。ほら、これ昨日UFOキャッチャーで取ったんだ」


言って、前に抱えるようにしていたリュックのサイドポケットに吊るしていた、ゆるキャラのキーホルダーを見せてくれる。

俺はそれを手に取りながらほっこりした。


「へぇ、すげぇじゃん。楽しめたんなら良かったよ」


ニールとほのぼの、他愛ない会話をしている内に大学に着いた。


「ねえ、蒼真。今日講義終わった後、時間あるかな?」

「え、ああ、大丈夫だよ」


ふと足を止めて俺を振り返るニールに答える。

何か頼み事かな。


「じゃあさ、一緒に出掛けない?昨日遊べなかったし俺、もっと蒼真と仲良くなりたいんだ」


にこっと微笑まれて、その無邪気な笑顔に俺は尻尾を振る犬を見た。

こんなん、断れねぇっつの。

まあ、断るつもりもねぇけど。


「ああ、いいよ。じゃ終わったらメッセージするから」


そう言った時だった。


「ソーマ!」

「ぐぇっ!!」


急に後ろから首にしがみ付かれて、つぶれたカエルみてぇな声が出ちまった。

振り返ると、後ろで一つに纏めたプラチナブロンド、亜麻色の目のイケメンが俺を羽交い締めにして座った目を向けていた。


ったく、やっぱりこいつかよ。


『ソーマ、昨日聞きたい事があったのに来なかっただろ!今からちょっと付き合えよ』

「おい、リヒト!学校では日本語で話せって言っただろうが!それにこれから俺講義があんだよ!」


絡みついた腕を外して喉を擦っていると、リヒトは肩をすくめた。


『いいじゃないか、お前と話す時くらい、ドイツ語で喋らせてくれよ。他の奴とはちゃんと慣れない日本語で話してるんだからさ。ほら来いよ』


リヒトはドイツからの留学生で、俺はハッキリ言ってこいつが苦手だ。

とにかく我儘で、自分の都合で物事を推し進めようとする上に、自分が我儘言ってるって自覚もねぇから、俺が指摘してもきょとんとしてる。

こいつに付き合ってると疲れんだよ。


「講義あるっつってんだろ」

「スミマセン、ニホンゴムズカシー。ワカリマセン」

『嘘付くな!それくらい分かってるだろが!俺は講義あんの!お前に付き合ってらんねぇの!用があんなら別の時にしろよ!』


言い逃れ出来ないようドイツ語で返してやると、リヒトは二ッと笑った。


『分かった。じゃあ今日の講義終わったら俺に付き合えよ。俺、行きたい所があるんだ』

『はぁ!?今日だぁ?』

『ちょっと待ってよリヒト』


急に流ちょうなドイツ語が聴こえて来てびっくりして振り返ると、それまで置物のように俺とリヒトのやり取りを眺めていたニールが、穏やかな顔でリヒトを見ていた。


あれ?今の、ニールか?こいつ、ドイツ語も喋れたの?


『何だよニール』


リヒトも面食らった顔でニールを見ている。


『蒼真は俺と先約があるんだ。だから君は別の日にしてくれないかな』

『え?じゃあ3人で出掛けるのはどうだよ?合理的だろ』


冗談じゃねぇよ、お前いたら疲れんだから、と言おうとしたらその前にニールが口を開いた。


『俺は蒼真と二人で出掛けたいんだ。君には邪魔して欲しくない。分かるかな?』


穏やかなのにどこか圧のある声で、一瞬首筋がひりついた。

いつも能天気で我儘放題のリヒトも気圧されたようで、目を見開いてニールの顔を見つめていたけど、ちょっとして慌てたように言った。


『あ、ああ、分かったよ。俺はまた別の時にする。それじゃあなソーマ、ニール。俺行くよ』


そそくさと去って行くリヒトを見送って、俺はニールを振り返った。


「お前、ドイツ語も話せたんだな」

「ああ、ヨーロッパの言語は共通してる所が多いから」


ニールは何でもないようにそう言うと、にっこり笑った。


「それより講義始まるよ、急ごう」

「ああそうだな、行こうか」


歩き出しながら俺は理由の分からない違和感に首を捻っていた。


さっき何で首筋がピリッとしたんだ?

誤作動、なんて事があるのか?

自分の事ながら分かんねぇな。まあ、いいか。


結局分からないままに、俺はニールと別れて教室に向かった。



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