第13話 辿る道は違くても

「……さすがに多いな。少し疲れてきたぞ」


 地下通路から無限に湧き出てくるグールラットを見て、ザックはそう呟く。

 いくら薬があるとはいえラットの毒を食らうわけにはいかないので、彼は血に当たらないよう細心の注意を払って戦っていた。そのせいで普通に戦うよりも肉体的、精神的共に大きく疲弊していた。


「だけどようやく人の為に戦えるようになったんだ。こんな所でへばってられるか……!」


 気合を入れ直した彼は、再びグールラットの群れの中に突っ込んでいく。


 体は疲れ、服は汚れ、おまけに辺りに腐臭が立ち込め鼻は曲がりそうだが……彼は幸せだった。


 騎士団試験に落ちた時、彼は生きる意味全てを失った気持ちになった。

 それほどまでにその夢は彼にとって大きく代わりの利かないものだったのだ。


 だけど今、彼の夢は叶っていた。

 確かに身を置いた組織こそ思っていた所とは違かった、戦う志と守べき存在は変わっていない。それさえ変わっていなければ、彼は充分だった。


「はあああああああっ!!」


 向かってくるラットを両断し、横から来る別のラットを蹴飛ばし他のラットにぶつける。

 そしてすぐさまその場にしゃがみ後ろから接近していたラットの噛み付きを回避するとその横腹に超高速の前蹴りを放つ。


『ヂ、ヂイイィ!?』


 瞬く間に屠られていくラットたち。

 恐怖を感じることなどない筈のグールラットだが、人の体に竜を閉じ込めたような戦闘力を持つザックに恐れを抱きつつあった。無策に飛びかかるのを控え、距離を取って様子を窺い始める。


「はあ、はあ……」


 肩で息をするザック。

 毎朝王都を三週するほどの無限体力スタミナを持つ彼が疲れてるのには理由がある。

 それはグールラットの『血』。

 ザックはそれを浴びてこそいないが、気化し空気に混ざった血を大量に吸ってしまった為、毒が少しづつ体に回りつつあった。

 本来であれば大人が立てないほどの量の毒を吸っているにもかかわらず、しっかりと立てているのは彼の鍛え上げられた肉体の成せる技と言えるだろう。


(マズいな、一旦引いた方がいいか……?)


 そう考えた瞬間、ザックの膝がガクッと落ちる。

 毒が回ったことによる一瞬の痙攣。すぐにザックは体勢を立て直そうとするが、その一瞬の隙を突き、グールラットたちが一斉に襲ってくる。


「しまっ……!」


 流石のザックと言えどこれ程の数のラットに噛まれればひとたまりもない。

 ここまでか。そう思った次の瞬間、戦場に一陣の風が吹く。


「そこっ!」


 凛とした声と共に現れたのは王国騎士団第一師団長、ロイ。

 彼はザックの隣に位置取ると速く、そして正確に剣を振り、襲い来るラットを一瞬で細切れにしてみせた。


 そして驚き自分を見上げるザックに手を差し出すと、彼を立ち上がらせる。


「……よくぞ一人で戦ってくれた。感謝する」

「え、あ、いや、はい。どうも……です」


 尊敬する騎士団長から頭を下げられ、ザックはあたふたする。


「ラットの毒を中和する薬を預かっている。飲んでおくといい」

「ありがとうございます。ごくごく……ふう、少し動きやすくなってきた」

「いくら何でも効くの早過ぎないか?」

「そうですか?」


 ザックの異常性を目の当たりにした「ふっ」と薄く笑う。

 確かにこの青年を推し量るのは難しだったろうな、と。

 そして規定が固まっている騎士団よりも、魔具研の方が合っているのかもしれないとも感じた。


「さて、少し休んだ所で……やるとするか。ここからは私も戦線復帰する。君は今まで通り好きに暴れるといい。後ろは私が守る」

「……!」


 その言葉にを聞いたザックは驚く。

 騎士が背中を預けるのは信頼の証。立場が違うというのにそれをしてくれたという事実に胸が熱くなった。


 その信頼に返すのは感謝の言葉ではない。

 返すなら行動で、ザックは浸りそうになってしまう心を浮き上がらせると、強気な笑みを浮かべる。


「いいんですね、思いっきりやっちゃって?」

「抜かせ。師団長の力を甘く見るなよ」

「じゃあお言葉に甘えて……!」


 ザックはポケットから小瓶のような物を取り出す。中には何やら光る液体のようなものが入っている。

 そしてその小瓶を、自分の持つ剣の柄に嵌め込んだ。


魔力瓶カートリッジ装填! 人工魔剣レーヴァテイン起動!」


 握りについているトリガーを引く。

 すると次の瞬間、刀身から炎が上がり剣は一瞬にして炎の剣になる。


「な、なんだそれは!?」


 ザックに魔法を使うような魔力はないはず。しかし目の前で起きたのは魔法にしか見えない。ロイは困惑する。


「これは魔具研が開発した人工魔剣です。あらかじめ魔力を装填した瓶を付けることで、俺みたいに魔力がない人間でも魔法みたいなことが出来るんです。まあ扱いは難しいんで何度も爆発事故を起こしちゃってるんですけどね」


 それを聞いたロイは心の中で恥じた。

 よく知らず魔具研をお遊び集団だと思っていたことを。彼らは彼らの信念にもとづき行動していた。

 それを思い知った。


 しかし今必要なのは謝罪ではない。信頼し共に戦うこと、それのみが贖罪になる。


「……そうか。それは心強いな。なんせお前たちの爆発事故は規模がデカい。あれ程予算を食い潰すパワーがあるなら強いに決まっている」

「は、はは……頑張ります」


 少し意地悪にからかってくるロイに、ザックは頭をポリポリかきながら返す。


「それでは、行くぞ。遅れるなよ」

「は、はい! 頑張ります!」


 覚悟を決めた二人は戦場を駆ける。 


 ――――そこからの戦いは一方的なものだった。

 初めてとは思えない恐ろしい連携を見せた二人は瞬く間にグールラットを斬り伏せた。

 少しして部下の騎士たちも戦線復帰したことで、その戦況は完全に人側が優勢になるのだった。


『ヂ、ヂヂ……』


 名残惜しそうに地下深くへと帰っていくグールラット。

 こうして王都の一大事件『王都竜鼠同時侵攻事件』は激動の末、幕を閉じたのだった。

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