第12話 実験開始

「駄目です! これ以上結界が持ちません!」


 響き渡る絶叫と絶望に染まる騎士たちの顔。

 飛竜との戦いが以前続いている王都正門前の戦況は、騎士たちの健闘虚しく悪化の一途をたどっていた。


 現場を任された第一師団副団長ニルギールは、飛竜たちが結界を破り王都に侵入してこようとしているのを歯噛みしながら見ることしか出来なかった。


「副団長殿! 指示を!」

「ぐっ……!」


 無茶言うな。と正直思ってしまう。

 今出すことが出来る指示は『撤退』くらいのものだ。しかしすぐ後ろが守べき王都である以上そんな命令を出す訳にはいかない。

 この窮地を脱する案など、あのロイですら出すことが出来なかったのだ。凡人である自分がそれ以上のことができる訳ないだろ――――とニルギールは心の中で悪態をつく。


 要領が良く、世渡り上手な彼であるが、言ってしまえばそれ以上のことは出来ない。現状維持をすることは出来ても状況を改善することは出来ないのだ。


(ごめんロイ。やっぱり俺じゃ駄目だったよ――――)


 思いだけでは結果は変わらない。

 それを裏付けるかのように飛竜を止めていた結界が音を立てて割れてしまう。


 終わりだ。誰もがそう思ったその瞬間、一筋の光弾が突然現れ飛竜の体を貫いた。


「……へ?」


 ニルギールだけでなく他の騎士たちも呆然とする中、その光弾は次々と放たれ空を舞う飛竜を的確に撃ち落としていく。


「いったい何が……!?」


 ニルギールは光弾の放たれた方向に目を向ける。

 そこにいたのは、


「よっしゃあ! 百発百中ぅ! ちゃんと見てたミゲル?」

「あー……弾道のブレがまだあるな。口径を狭くして調整、いや、威力とのバランスが悪くなるな。だったら……」


 ニルギールが目にしたのは魔具研の二人だった。


 一人は小柄な少年ルクト。彼は両手に近代的なデザインをされた銃を持っており、そこから光弾を発射し飛竜を次々と撃ち落としていた。

 発射しているのは実弾ではなくおそらく魔力を固めた弾丸。魔力を打ち出す銃自体はこの世界に存在するが、これほどの高威力のものをニルベールは見たことがなかった。


 そしてルクトが銃を撃ってる様子を興味深く観察しているのが長身の科学者ミゲル。

 彼は時折銃に手を加えては調整を施し、その度観察、記録をつけていた。


 突然現れた二人の人物に飛竜たちは注目する。

 知能の高い飛竜はその二人が只者ではないことに気がつくと、騎士や兵士を襲うのを止め二人に狙いをつける。


「わわ、一気にこっちに来てるよ。流石に全部は撃ち落とせないと思うんだケド」

「クク、問題ない。久々に野外で大っぴらに実験・・出来る機会だ。オモチャはたくさん持ってきている」


 眼鏡を光らせ怪しく笑ったミゲルは、運んできた荷馬車に積んできた魔道具を発動する。

 するとまるで打ち上げ花火のように、パシュッっと黒い何かが何発も飛竜のもとへ発射される。それらは飛竜の少し手前で『止まる』と、空中でふよふよと浮き、漂う。


「何あれ? 大砲じゃないの?」

「そんなつまらない物作っても仕方ないだろうが。まあ見てるがいい」


 空を漂う謎の黒い物体。

 飛竜は最初こそ警戒したが、それが何もアクションを起こさないことを確認するやその横を素通りしようとする。


 しかしその瞬間、謎の黒い物体は突然爆発し油断していた飛竜に大きなダメージを与える。


「クク、これぞ『対飛竜用機雷』。射程範囲内に飛竜が入ると爆発する空の地雷だ。空の制空権こそが飛竜の最大の強みアドバンテージ。ならばそれを消せばいい」


 飛竜たちは機雷を避けようとするが、不規則に動くそれらに全て対応することは難しく、何匹も爆発をくらい墜落してしまう。

 そして例え当たらなかったとしても動きが鈍ることで大砲やバリスタの良い的になる。


 もう空は彼らの庭ではなくなっていた。


「勝てる、のか……?」


 一部始終を見ていたニルベールは消え入りそうな声で呟く。

 そして彼は地上で魔道具を操作する二人の人物のもとに向かう。そしてその姿を確認すると少し驚いた後、声をかける。


「……誰かと思えば魔具研だったか。協力感謝する。よければその武器を我々にも貸していただけないか?」


 ニルギールの目はルクトの持つ銃に向いている。

 これさえあれば勝てる。そういう考えが透けて見えた。しかしその手が伸びる前に、白いをはためかせたミゲルがその前に立ち塞がる。


「クク、私の発明品を評価してくれるのは嬉しいが……残念ながらこれは君には使えないよ」

「なんだって……!?」


 困惑するニルギールに、ミゲルは親指でユクトのことを指しながら説明する。


「この銃、『魔力収束型狙撃銃マギリアル・ライフル』はコイツの馬鹿みたいに多い魔力と、気持ち悪いほど正確な魔力操作能力がないと操ることは出来ない」

「あれ、僕ディスられてない?」


 撃ちながらツッコミを入れてくるユクトを無視し、ミゲルは続ける。


「魔道具っていうのは使い手の技量が伴わないと危険だ。動かないならまだしも暴発したら命の危険まであるからなぁ。私も何度事務所を爆発させたことか。だから君……ここは我々専門家プロに任せ給へよ」


 ミゲルが眼鏡を光らせると、どこからともなく二メートルを超える大型の岩石人形ゴーレムが現れる。岩や土を主原料として作られたそのゴーレムたちの数は三十を超える。

 これほどの数のゴーレムが規則正しく動く様子は圧巻だった。


『ギャウ!』


 突然現れた謎の存在に、一匹の飛竜が果敢にも襲いかかる。

 力の限りその肩に噛み付く飛竜だったが、その硬いボディに牙は突き刺さらず、逆に頭を大きな手で掴まれてしまう。


「やれ」


 ミゲルがそう命令するとゴーレムは飛竜の頭を掴んだまま腕を振り、その体を思い切り地面に叩きつける。


『ギィゥ!?』


 地面に大きなへこみが出来るほどの力で叩きつけられた飛竜は、苦しげな声を上げた後力なく地面に倒れる。


「す、すげえ……!」

「これなら勝てる!」


 ゴーレムの圧倒的な力を見た騎士と兵士たちの士気は上がり、彼らも負けじと飛竜たちに立ち向かい始める。その勢いは凄まじく、飛竜たちの中には逃げ出すものも現れ始める。


 そんな様子を見てニルギールは一人呟く。


「……結局俺はあいつみたいになれなかったな」

「ふん。誰かの代わりになんてなる必要などないと思うがね」


 ミゲルは退屈そうな顔でニルギールにそう言い放つ。


「私は確かに天才だ。君たちみたいな凡人では思いつかない革新的ファンタスティック狂気的マッディストな発明をすることが出来る。

 だが……君たちみたいに規則正しく朝起きて、体を鍛え、精神を磨き、剣の稽古をするなんてとても出来ない! やるなら死んだほうがマシだ!」


 大袈裟に、オーバーなリアクションを交えながらミゲルは力説する。


「――――つまり人には向き不向きがあるということだよ。君には君にしか出来ないことがあるはずだ。優秀な団長殿には出来なくて君に出来ることが、ね」


 ミゲルの遠回しな励ましを聞いたニルギールはくす、と少し笑う。

 そして驚くほどに心が軽くなっていることに気がつく。


「あんた、意外といい人だったんだな」

「……どうやら少し喋る過ぎたようだな。さっさとどっか行け、公僕」


 しっしと追い払う動作をしたミゲルは、目の前のゴーレムたちに目を移す。


「さて、無駄話はこれくらいにして実験に戻るとしよう。合法的に暴れることの出来る機会は少ない――――心ゆくまで楽しむとしよう」


 心から楽しげで凶悪な笑みを浮かべ、彼は実験を再開するのだった。

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