第11話 受け皿

「なっ。そ、そんな馬鹿な……!?」


 ルッツの言葉にロイは激しく動揺する。

 もし彼が言っていることが本当なのであれば、誇り高き騎士団は前途ある若者を、その力量を見ることすらせずに切り捨てたことになる。

 そのような事実、簡単には受け入れられなかった。


「た、確かに一次試験には魔力を測定する項目がある。しかし余程魔力が低い……それこそ低位魔法を一回すら発動できないような者でないと、それだけが理由では落とされないはずだ!」

「それが出来ないのよザックくんは。彼は世にも珍しい魔力が『0』な人間なの。おじさんも聞いたことなかったけど、たまに生まれてくるらしいよ?」

「そんな……しかし……!」


 もし本当に魔力がないのであれば、落ちてしまう可能性はあると思ってしまった。

 なぜなら一次試験は師団長や副団長クラスの者は担当せず、それ以下の騎士や王城の文官が担当していることが多いからだ。


 そもそも一次は受験希望者の八割が通る『最低ラインの足切り』。そこでまさか原石が切り落とされるようなことがあるとは思わなかった。


「だが、しかし……今の騎士団の活動に魔法技能は必須なのだ……」

「それはそうなんだろうね。別におじさんは騎士団を悪く言うつもりはないよ」


 「へ?」と呆けるロイを余所に、ルッツは細い煙草を咥え火をつける。

 そして勇猛果敢に戦うザックを見ながら言葉を続ける。


「みんながちゃんと正当で平等に評価される社会やルールなんてね、作れるわけがないのよ。人が作る以上どっかで必ず綻びは出来ちゃうもんなの。それは仕方のないことなんだよ。

 優秀な頭脳を持っていても協調性がないせいで爪弾きにされたり、高い魔法技術を持っていても見た目による差別で好機チャンスを奪われる人もいる」


 ルッツの言葉をロイは聞き入っていた。

 ひたすらに前だけを見て突き進んでいて彼にとってその話は目から鱗が出るものだった。

 自分は努力で今の地位を得たという自負があったが、それは自分だけの力ではなく人や機会に恵まれたからという理由があることに、気づくことが出来た。


「では、どうすればいいんだ? どうすればそのような者たちを救うことが出来る?」

「だからおじさんは魔具研を作ったのさ。機会に恵まれず活躍の場所を無くした『はぐれ者』たちの『受け皿』としてね」


 そう語るルッツの顔はどこか誇らしげだった。

 彼の真意を知ったロイは、何も考えず魔具研を批判していた自分を恥じ、悔いた。


「……すまない。私は何も知ろうともせず批判し……愚かだった」

「気にすることはないさ。一番人を守り、民の支えになっているのが騎士団なのは変わらない。どっちが上とか優れてるとかじゃなくて、お互い欠点を補い合える存在であればいいんだよ」

「そう……ですね。勉強になりました」


 ロイの言葉にルッツは満足げに頷く。

 するとそんな二人に向かってグールラットが三匹、物凄い勢いで走ってきた。


「すみません! 少し逃しちゃいました!」


 遠くから聞こえるザックの声。

 それを聞いたルッツは「やれやれ」と肩をすくめる。


「おじさんも説教ばかりしてないで働くとしようかな」


 そう言うとルッツは両手を開き、グールラットの方にゆらゆらと揺らす。

 そして、


「ほっ」


 まるで何かを引っ張るように両手を引く動作をする。

 すると急に走っていたグールラットの動きがピタリと止まってしまう。


『ヂ、ヂヂ……!』


 動きを止めたグールラットは苦しそうに声を漏らす。

 必死に体を動かそうとしているように見えるが、成果は出ない。


 その様子を間近で見ていたロイは、グールラットが動きを止めているそれの正体に気づく。


「これは……糸、なのか?」


 目を凝らすとグールラットの体には極細の糸が巻き付いており、その先はルッツの指先につながっていた。もし狙ってやったのであれば物凄い技量の高さ、ロイは戦慄とする。


「糸は原初の道具。おじさんはアナログ人間だから最新の魔道具はよく分からないけど、あやとりなら若い子には負けないよ……っと」


 更に指を動かすと糸の締まりが強まり、グールラットの体はねじ切れる。

 糸を振って血を払ったルッツは、まだ座り込んでいたロイに目を移す。


「さて、そろそろ毒も抜けて動けるようになったんじゃないかな? 君のかわいい部下はおじさんが守ってあげるから行ってくるといい。まだやれるでしょ?」

「……! 当然です!」


 再び目に強い意志を宿したロイは、ルッツに会釈すると駆け出す。今度はもう後悔しないために。


「……やれやれ、若いっていいねえ」


 青く輝く二つの星を見ながら、ルッツは楽しげに呟くのだった。

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