第10話 落ちた理由

 『圧倒』と言う言葉が相応しかった。

 ザックただ一人を相手に大量のグールラットは押されてしまっていたのだ。


「はあああああっ!」


 剣を握った右腕を振り上げ、下ろす。

 単純な動作だが彼に桁外れの筋力が加わると、その攻撃は必殺の一撃となってしまう。簡単にラットの体を両断し、更に地面に当たって衝撃波を起こし隣にいたラットを吹き飛ばすほどの威力だった。


『ヂィ!』

「おっと危ない!」


 隙を見計らってラットは後ろから襲い掛かるが、その一撃をザックはひらりと躱す。パワーだけでなく状況も見えている。彼の圧倒的なまでの技量の高さにロイは絶句する。


「何者だあいつは……」

「お、気になる?」

「おわっ!?」


 突然耳元から聞こえた謎の声に驚き、ロイは飛びのく。

 見ればそこには見覚えのある人物がいた。


「あなたは魔具研の……なんでこんな所に?」

「そんな睨まれるとおじさんへこんじゃうなあ。せっかくいい物持ってきたのに」


 いつからいたのだろうか、そこには魔具研の所長ルッツがいた。彼はいつもの軽薄そうな笑みを浮かべながら、小さな瓶を取り出す。


「グールラットの毒の解毒薬。欲しいんじゃない?」

「……なぜ今ここに来たあなたがそんな物を」


 ロイの疑問は至極まっとうな物だった。

 グールラットの毒は珍しい物であり、一般的な毒草などに聞く解毒薬では効き目がない。それなのになぜこんなにも早く、しかも医療従事者でもないルッツがそんな物を持っているのか、ロイは理解出来なかった。


「あ、僕が用意したんじゃないよ。あっちあっち」

「あっち?」


 ルッツの指差す方を見ると、そこでは若い女性が騎士たちの手当てをしていた。

 その横には大きな機械のような物が動いていて、そこから何かを取り出してはそれで騎士たちを治療しているように見えた。


「彼女はウチの事務員なんだ。人手が足りなくて来てもらったんだよ。ちゃんと特別手当を要求されちゃったんだけどね」

「いや彼女よりもその隣りのアレはなんなんだ」

「あ、そうそう。アレはね魔具研うちで開発した医療用魔道具でね。毒を中に入れれば自動的にそれの解毒薬を作ってくれる代物なんだ、凄いでしょ」

「……そんなもの聞いたことがないぞ」


 ロイは再び絶句する。

 もし本当にそんな物が完成しているなら革命的だ。解毒の魔法は中々習得出来ない上に、効く毒も限られている。あらゆる毒に対応できる魔道具が出来れば遠征がどれだけ楽になるか計り知れない。


「本当に凄いよね、技術の進歩ってやつはさ。おじさんも置いていかれないよう必死だよ」


 はは。と笑いながらルッツはロイの傷口にその薬を塗りたくる。

 するとピリッという鋭い痛みのあと、じんわりと痛みが和らいでいく。どうやら効果は覿面てきめんのようだ。


「……感謝する。それよりあの青年は何者なんだ? いったいどこの国から引っ張って来たんだ」

「ザックくんのことかな。彼、凄いよねえ。才能があるし何より努力家だ。彼はねえ小さい頃からずっと鍛えてたんだってよ、憧れの『王国騎士団』に入るためにね」

「……どういうことだ」


 ルッツの言葉にロイは眉をひそめる。

 もしそれが本当であるならば、とっくに騎士団に入ってるはず。それなのにザックがいるのは魔具研だ、兵士ですらない。


「そっか。君は知らないよね。彼は入団試験に落ちたんだよ。それも一次試験でね」

「――――ば、馬鹿なっ!? あれほどの強さを持ちながら……ありえない!」


 厳しいことに定評のある入団試験だが、それでもある程度の強さ、常識力、それと強い向上力があれば突破できるはず。それにあの怪力と戦闘センスを見れば試験官の目に止まるはず……と思ったロイだったが、そこであることに気づく。


「待て、一次試験で落ちたと言ったな? 確か一次試験は軽い面接と能力測定だったはず。もしかして……」

「そう、彼はそこで魔力がない・・・・・を理由に落とされてしまったんだよ。そのハンディキャップを埋めるために今まで努力して来たけど、ザックくんはそれを見せるチャンスすら与えられず落とされてしまったのさ」

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