第9話 グールラット
馬を走らせたロイ率いる騎士たちは、無事グールラットが出現したという場所にたどり着く。
彼らがそこで見た光景は『悲惨』というほか形容できないものだった。
「ここまでとは……」
そこでは多数の傷ついた騎士たちが苦しそうな顔をしながら治療を受けていた。
その奥では必死に地下への入り口にバリケードを作っている者たちがいたが、急拵えなため今にも突破されそうだった。
下水道と通じている地下通路入り口、そこがグールラットが現れた地点だった。
異常に気づいた騎士たちは急いで地上に出てきたグールラットと戦い、一旦は地下通路に押し戻すことに成功した。
しかしグールラットの数は物凄い勢いで増えていき、次第に騎士たちは劣勢に追い込まれてしまっていた。
「第一師団長ロイ・サーフィールだ! 誰か被害状況を教えてくれ!」
「師団長殿! よくぞ来てくださいました!」
援軍が来たことで、騎士たちの顔は少し明るくなる。
しかし彼らの口から出た戦況報告の内容は非常に悪く、ロイの顔を曇らせた。
「まさか戦えるの者がもう十人ほどしかいないとは……厳しい戦いになりそうだな」
「グールラットは腐食毒を持っています。爪や牙で傷をつけられると、そこから毒が入り高熱を出してしまいます。重傷を負った者こそいませんが、みなその毒でダウンしてしまっているのです」
当初グールラットの対処には騎士と兵士合わせて五十人が当たっていた。
しかし群れで襲ってくるグールラットを前に、戦力はあっという間に五分の一にまで減らされてしまっていた。おまけに毒で苦しむ騎士たちの治療も満足に出来ていない。
その戦況の悪さは正門での戦いに引けを取らなかった。
「バリケード持ちません! 間も無くラットたちが出てきます!」
木材や大楯を使って作られた急拵えのバリケードが、メキメキと音を立てながら壊れていく。そして壊れヒビ割れたその隙間からラットたちの不気味な鳴き声と腐臭が漏れ出てくる。
迫り来る恐怖に騎士たちは鳥肌が立ち、足がすくむ。
そんな彼らを激励するように、師団長ロイは剣を抜き放ち宣言する。
「もう持たない、後ろに下がっていろ! 私がやる!」
ロイの言葉に従い、バリケードを押さえていた騎士たちが下がる。
すると一瞬にしてバリケードは壊れ、堰を切るようにグールラットが押し寄せる。
『ヂチィ!』
グールラットは体長一メートルほどの大ネズミだ。
黒くて汚い体毛は針金のように硬く鋭く、刃は通りにくい。鋭い牙と爪はギザギザしていてそれで切られると皮膚は歪に千切れてしまう。
とはいえ一体一体は他の魔獣と比べるとそれほど強いわけではない。しかし群れになった時、その脅威度は飛竜に匹敵すると言われている。
しかしロイは臆していなかった。
「来いっ!」
剣を構えるロイにグールラットたちは襲いかかる。
彼は迫り来るそれらを次々と剣で切り伏せていく。時に正面から、時に躱して側面から、そして時に二体同時に切り伏せる。その無駄のない強烈な剣技の数々に周りの騎士は目を輝かせる。
しかし、
(数が多い……っ!)
地下通路から無尽蔵に湧き出てくるグールラットたち。今は何とかなっているが、長く持たないのは明白だった。
「私たちも戦います!」
それを知ってか知らずか、共に来た部下の騎士たちも戦闘に参加する。
ロイが相手にしなければいけないラットの数は減り楽にはなるが、それでも這い出てくるラットの勢いは止まらない。いったいどれほどの数が地下空間に潜んでいるのだろうか。
「魔法攻撃を許可する! 火炎魔法を中心にラットの勢いを止めろ!」
「了解です!」
ロイの指示に従い騎士たちは手から火球を放ち、ラットたちを燃やす。騎士団員はみな低級の魔法なら使うことが出来る。そのため彼らはあらゆる任務に柔軟に対応することが出来るのだ。
『ヂ、ヂチィ!?』
「よし、炎が効いてるぞ! もっと撃て!」
炎の魔法を食らったことで見るからにグールラットの勢いは弱まる。ここが勝機と騎士たちは次々に火炎魔法を放つ。これならいけるとその場にいる者が思う中、ロイだけは嫌な予感を捨て去ることが出来なかった。
そして彼の予感は最悪の形で実現することとなる。
『ヂ……ヂヂッヂヂィ!!』
なんと急にグールラットは勢いを増し、なりふり構わず突進してきたのだ。
仲間が焼かれてもお構いなし。正に捨て身の特攻だ。
「こいつら火が怖くないのか!?」
「うわ! こっち来るな!」
グールラットに取って最も恐ろしいのは自分が焼かれることではなく、仲間たちが飯にありつけず餓死すること。個よりも群れを尊重する彼らにとって死ぬことそれ自体は問題ではないのだ。
ならば我が身を盾にすることに躊躇いはない。
「駄目だ! こいつら止まらない!」
「うわぁ! 齧られた!」
続々と毒の仕込まれた牙や爪を食らい、騎士と兵士は倒れていく。
ロイは剣を必死に振り果敢に立ち向かうが限界は近かった。
「足が思うように動かない……毒か」
グールラットの毒は血にも含まれている。
たくさんのグールラットを斬ったロイはその血を浴び続けていたため、ゆっくりと毒に侵されていたのだ。
「……くそっ!」
目の前に迫るグールラットの群れ。
体を麻痺させる効果もあるその毒を食らった状況では対処のしようがない。
――――竜どころか鼠に負けることになるとは。
悔しさを胸に抱きながらロイはその場に膝をつく。もう立っているのも限界だった。
「ここまで、か」
そう諦めたその瞬間、一筋の風が彼の頬をなでる。
すると突然目の前のグールラットたちは真っ二つになりその場にドチャリと崩れ落ちてしまう。
「へ?」
突然の出来事に呆然とするロイ。
そんな彼の前に現れたのは一人の青年だった。
「――――よかった。何とか間に合ったみたいですね」
燃えるような赤い短髪と、よく鍛えられた肉体。
そして純朴さを持ちながらもどこか野生的な一面を覗かせるその人物は、以前一回だけ見たことがある顔だった。
「君は、魔具研の……」
「あ、覚えてました? 嬉しいなあ。俺、ロイさんのファンなんですよ今度サイン貰えませんか?」
戦場にも関わらず、のんきにザックは言う。
するとそんか彼の隙を突き、ラットが襲いかかってくる。
「危ない!」
「へ? ああこれですか」
ザックは「よっと」と言うと右手に持った赤い刀身の剣を軽く振るう。するとグールラットの肉体はいとも容易く両断されてしまう。
剣の達人であるロイといえど片手でこんなに簡単にラットを斬ることは出来ない。
「君はいったい……?」
「あれ、覚えてましたよね。自分は王立魔道具開発研究所所属ザック・ヴェルクです。お節介かもしれませんが助勢させて頂きます!」
騎士顔負けの剣技を見せた謎の青年は、そう爽やかに言うとラットの群れに突っ込んでいくのだった。
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