第8話 竜を落とす者

 剣よりも鋭い牙を持ち、鳥よりも速く空を舞う最強生物、それが飛竜だ。

 その鱗は鉄製の武器を弾く硬度を持ち、下位の魔法程度ではかすり傷ひとつ付けることも出来ない。


 王都の街中に入ったその飛竜も自分の力に絶対の自信があった。

 ――――人間如きに負けはしない。武器もなく、魔法も使わないなら尚更だ。


 そう思っていたはずなのに、何故か目の前に立つ男に襲い掛かれずにいた。


「どうした。来ないならこっちから行くぞ」


 彼の名前はザック・ヴェルク。

 騎士団入団試験の一次で落ちた男。そんな凡人であるはずの彼が飛竜に恐れを抱かせていた。


『ルル……ズィガアアアァッ!!」


 こんな矮小な生き物に舐められたままではいられない。

 飛竜は大きな口を開け、二本の足で駆け出す。口の中には恐ろしく鋭い牙が並んでいる、人の体など容易く切り刻んでしまうだろう。


 しかし、こんな状況でもザックの顔に焦りは見られなかった。

 彼は拳を構え、飛竜と正面から向かい合っていた。そして飛竜の歯が自分に触れる瞬間、僅かに体をそらして攻撃を躱すと飛竜の顎めがけ渾身のアッパーを繰り出す。


「ふん……っ!」


 ズゴン! という衝突音とともに飛竜の頭が跳ね上がる。そのあり得ない威力に飛竜は一瞬意識を失ってしまう。そしてその隙にザックは飛竜の腹を思い切り蹴り飛ばす。


「おらぁ!」

『ゴギュアッ!?』


 ザックの蹴りを食らった飛竜の体は宙に浮き、二十メートルほど飛んだあと地面に落下する。

 大砲の一撃を食らってもこうはならないだろう。ザックの常識はずれの怪力に飛竜は恐れを抱く。


『ギイッ!』


 勝てないことを悟った飛竜は背を向け逃げ出そうとする。

 幸いこの街には獲物がたくさんいる。一人くらい諦めても腹は満たせる……そう考えたが、ザックはそれを許さなかった。


「まあ待てよ。遠慮しなくても俺が相手してやるよ!」


 逃げようとする飛竜の尻尾を両手でがっしりと掴んだ彼は、そのまま後ろを向きまるで背負い投げをするかのように尻尾を肩に乗せ、投げる。


「そりゃあ!」

『ギャアアアアアッ!?』


 再び宙を舞う巨体。

 綺麗に背負い投げを決められた飛竜は背中から地面に落下し、全身を強く打ち付ける。


 自分の体重分の威力をモロに食らった飛竜は、その場で意識を失い力なく地面に伏す。空の王者は受け身の経験などなかったのだ。


「おし、こんなもんかな」


 地面に伸びる飛竜を見て、ザックは「ふう」と一息つく。


「なんで飛竜が街中にいるんだ? んー……あ、そういや竜渡りって今日だっけか。まだ先のことかと思ってた」


 ここに来てザックはようやく竜渡りのことを思い出す。


「まあでもやることは変わらないか。早く事務所に行って何か手伝えることないか聞こっと」


 こうして誰に見られることなくひっそりと大活躍したザックは、一人城に向かうのだった。


◇ ◇ ◇


「急げ! 間に合わなくなるぞ!」


 王国騎士ロイは、馬を走らせながら吠える。

 正門をニルベールに任せた彼は十人程の部下を引き連れて、グールラットが現れたという王都西部の下水道に繋がる場所へ向かっていた。


「……ん?」


 先頭を走っていたロイは、前方に何かを発見する。

 大通りの真ん中に何かが横たわっている。最初は人かと思ったが、近づくとそのサイズは明らかに人より大きいことに気づく。


「なぜここにコレが……?」


 大通りに横たわっていたモノ。それは飛竜だった。

 警戒しながら彼らは近づくが、意識がないことを確認し触れる距離まで接近する。飛竜をマジマジと確認した騎士団員はロイに尋ねる。


「倒した……んですかね? 考えられるのは街の警備に当たってる他の師団騎士くらいですが」

「私もそう思ったが、妙だな。騎士が倒したのなら、もっと傷がついているはず。なのにこの飛竜には剣の切り傷も矢が刺さった跡もない。いったい何があったんだ……?」

「倒れてる地面が陥没しているところを見るに、落下したんでしょうか?  高所で翼が急に動かなくなり墜落、それで気絶と考えると辻褄が合います」

「ふむ、そんな所か」


 謎の飛竜が気になるロイだったが、こんな所で時間を浪費するわけにはいかない。

 後ろ髪を引かれながらも、馬を走らせ目的地へと向かう。


 その道中で部下の騎士があることを思いつく。


「それか……人が投げ飛ばしたとか! これなら全てに説明がつきますよ!」

「はあ、馬鹿も休み休み言え。人間が竜を投げ飛ばせるわけがないだろ」

「そうですよね……すみません団長」


 そのような事を話しながら一行はグールラットのもとに急ぐのだった。

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