第4話 竜渡り
竜渡り当日。
王城内では怒号が飛び交っていた。
「おい! 砲門の配備は終わったのか!?」
「レガロ地区の市民の避難終わってないと報告があったぞ!」
「ここにあった資料どこに持ってった!」
普段であれば竜渡りが発生する三週間前には情報が届くのだが、今回は発生の十日前とかなり遅れて竜渡りを観測してしまった。
それに加えて国王陛下及び騎士団最高戦力『中央騎士団』の不在。そのせいで指揮系統に混乱が生じていた。しかし、
「落ち着け! 焦らず自分の担当する部署のみに集中せよ! 分からないことが私に聞け!」
若き師団長ロイ・サーフィールは優秀であった。
彼は混乱する現場を一瞬にして落ちつかせると、颯爽と現場である王都正門に向かう。
その彼に隣には優秀な副官ニルベールもついている。彼はロイの幼馴染にして騎士団同期。二人は公私共に仲が良く、『第一師団の双翼』と呼ばれることもある。
「ここまでは順調だなロイ。想定外のトラブルが起きなければいいけど」
「対策なら充分に取ってある。トラブルの一つくらい起きても問題なく対処出来る」
「さすがウチの師団長さまだ。頼りにしてるぞ?」
ニルベールの言葉にロイは「当然だ」と極めて冷静に返事をする。
しかし……その胸中は穏やかではなかった。
(この作戦、絶対失敗するわけにはいかない。完璧に成功させて見せる……!)
強い使命感の彼はそれに縛られつつあった。
大胆を通り越して蛮勇に、慎重を通り越して過敏になるように。何事も度が過ぎれば悪い方向に転がってしまう。
彼と長い付き合いであるニルベールは、そんな彼の異変を感じ取りその肩を叩く。
「あんまり気負いすぎるなよ。なに、お前には優秀な副官がついてる。それに他の師団もいるんだしリラックスしろよ」
「あ、ああ……心配かけてすまない」
「そんぐらいで謝るなよ。それに心配かけた回数だったら確実に俺の方が多いぞ?」
「ぷっ……確かにそうだな。小さい頃、何度お前のやらかしで怒られたことか」
「お、ようやく笑ったな。そんくらい余裕持っていた方が戦もナンパも上手くいくぞ」
軽口を叩くニルベール。
いつもと変わらない彼の態度に、緊張していたロイの体がほぐれる。
「ふん、軟派なお前と一緒にされたくはないが……ありがとう。おかげで集中できそうだ」
「そりゃ良かった」
すっかりいつもの調子になったロイとニルベールは竜が来ると予想される王都北の正門にやってくる。
既に城壁の上にはかなりの数の砲門が設置されており、竜の襲来を今か今かと待ち構えていた。
現場にたどり着いたロイは、まず現場の指揮を任せていた部下のもとに向かった。
「状況はどうなっている」
「は! 既に『対飛竜用砲門』と『長距離弩級』の配備は完了しております! 結界用魔法騎士の者たちも揃っていますので、命じて頂ければいつでも戦闘準備の体制に入れます!」
「そうか。ご苦労だったな。しかしまだ『竜渡り』が来るまでには時間がある。まだ待機でいいだろう」
「は! かしこまりました!」
竜が王都にたどり着く予想時間は昼過ぎの二時。
今の時刻は十なのでまだ余裕があるように感じた。
「本格的な戦闘準備は十二時くらいがいいだろうか。他の師団も上手くやってくれていればいいが……」
現在正門に配備されているのはロイ率いる第一師団と第二師団、そしてそれをサポートする一般王国兵士たち。
第三師団と第四師団は街中の警備、第五師団は王城の警備を担当している。それぞれベテランの師団長が指揮を取っているので大丈夫だとは思うが……やはり心配だった。
「あんまり焦っても仕方がない。コーヒーでも飲んで落ち着こうぜ」
再び焦り出すロイに気を遣って、ニルベールはそう提案する。
彼の言葉に「そうだな」と返し、ロイは一旦休憩しようとするが……その時、思いもよらぬことが起こった。
「――――竜です! 竜の群れが王都に向かって来ています! この距離ですと後三十分ほどで到着すると思われます!」
双眼鏡で監視していた兵士の言葉に、その場の者たちは動揺しざわめく。
「は、早すぎる! 本来の到着予想時刻まであと二時間以上あるぞ!」
「なんでだ!? 観測班が間違っていたのか!?」
「計算ミスじゃないか? どこの部署がやったんだ!?」
混乱する現場。
このままじゃ撃退できるものも撃退できなくなってしまう。
それはまずい。今回の王都防衛戦の責任者であるロイは、意を決すると腹から大きな声を出し注目を集める。
「静かにしろ! これくらいのトラブル、我々なら対処出来る! 各自急いで持ち場につき迎撃の準備をしろ! 大丈夫! 我ら王国騎士は絶対に負けない!」
ロイの力強く真っ直ぐな言葉は騒いでいた者たちの心に突き刺さり、混乱は収まる。
そしてみな急いで持ち場へと戻り準備を始める。
「……ふう、これなら何とか間に合いそうだな」
他の人に聞こえないよう、小さな声でロイは一息つく。
確かに予定時刻が早まったのは手痛いトラブルだが、対処できないほどじゃない。
これなら何とかできる……そう思った。
しかし歯車はゆっくりと、そして確実に……狂い始めていた。
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