第3話 迫る厄災

「納得できませんっ!!!!」


 狭い室内に大きな声が響き渡る。

 至近距離でその大声を受け止めた大臣は「なんか前にも同じようなことがあったな……」と既視感を感じながら耳を両手で塞ぐ。


「ロイ殿。声が大き……」

「なぜ魔具研の予算が減るどころか、また増えているのですか!? 理解に苦しみます!」

「いや……なんか、ペットを救出したとか何とかでお偉いさんに気に入られたみたいでね。気づいたらこうなってたのだよ」


 大臣は怒り狂うロイを必死に宥めようとするが、彼に怒りは全く収まらなかった。


「こうなったらまた抗議に……」

「ちょっと待ってくれ! 今は陛下が国を留守にしている、揉めごとを起こすのはマズいからやめてくれ!」

「ぐっ……致し方なし、か……」


 振り上げた拳をゆっくりと下げ、ロイは自分の気持ちを押し殺す。


 21歳という驚きの若さで王国騎士団の第一師団長になったロイ。

 甘いマスクと気品を感じさせる所作から嫉妬の対象になりやすい彼だが、実は人一倍努力家で責任感が強い。


 頑固者でもあるため揉めごとを起こすことも多いが、それは全て一つの団を預かるものとしての責任感からくるものだった。

 それを知っているからこそ大臣も彼にあまり強くやめろとは言えなかった。


「そうだロイくん、例のあれの準備は大丈夫か?」

「あれとは『竜渡り』のことですか? であれば問題ありません」


 大臣の質問にロイは自信満々に答える。

 気を逸らすための質問だったが上手くいったようだ。大臣は内心ホッとする。


「竜が群れをなして行動する『竜渡り』。まさか陛下と中央騎士団が不在の時に『竜渡り』の進路が王都に直撃してしまうとは。君には苦労をかけるね」


 王国最高戦力『中央騎士団』。国王の側近である彼らは国王の他国訪問に同行していた為、不在だった。

 おまけに他の団も色々と多忙だったため、今回の竜渡りの指揮は新人師団長であるロイが務めることになったのだ。

 当日は他の団も手伝ってくれるがその準備と当日の指揮は自分が取らなくてはいけない。ロイは使命感に燃えていた。


「いえ、誉れ高い王国騎士団の一員として当然のことです。私たちが必ずや王都を守り切ってみせます」


 ロイは過去三度の竜渡りを経験している。

 そのどれも他の師団長の指示のもと行動していたため、自分が指揮を取るのは初めてとなる。


 緊張してないといえば嘘になるが、必ずや撃退出来るという自信があった。


「もし戦力が足りないなら魔具研に助力を求めてもいいけど、どうす

「不要です! 絶対にそんなことしないでくださいっ!!」

「分かった分かった! 分かったから大声を出さないでくれ!」


 食い気味に言ってくるロイを、大臣は必死に宥める。

 これ以上叫ばせたら鼓膜が破けてしまう。大臣は彼の前で魔具研の名前はもう出さないと心に決める。


「それでは私はやることが残ってますので失礼します。大臣殿は大船に乗ったつもりでいて下さい」

「ああ、よろしく頼むよ……」


 大臣は一抹の不安を抱えながらも、若き団長に王都の安全を託すのだった。


◇ ◇ ◇


 王城一階大食堂。

 城に勤務する様々な人が利用するその食堂は、今日もたくさんの人で賑わっていた。

 安く美味しくて種類も豊富なこの食堂は、日々激務に追われる城勤めの人たちにとって唯一安らげるオアシスのような場所だった。


 魔具研のメンバーにとってもそれは例外ではなく、昼時はここを利用する者も多かった。


「先輩、なんか最近城の中騒がしくないですか? 急いでご飯食べている人もなんがか多いような」


 魔具研の期待の新人ザックは、目の前に座ってご飯を食べている小さな先輩ルクトに尋ねる。

 よくタッグを組まされて仕事をしていた二人は、出会って一ヶ月まだ一ヶ月にも関わらずかなり仲良くなっていた。


「もうすぐ竜渡りがあるから色々忙しいんでしょ。僕たちには関係ないから気にしなくていーよ」

「その竜渡りって何なんですか? 最近ちょくちょく聞くんですけど、俺よく知らないんですよね」


 その言葉は王都に住むものにとっては常識だが、ついこの前まで田舎の村から出たことのなかったザックにとっては聞き馴染みのない言葉だった。


「もうザックは何にも知らないなあ、しょうがないから僕が教えてあげるよ」

「ありがとうございます! ルクト先輩は頼りになります!」


 ザックによいしょされ、ルクトは鼻高々になる。

 少年にしか見えない彼は他人に頼られることなど今まで滅多になく、初めて出来た後輩であるザックにめちゃくちゃ先輩風を吹かせ気持ち良くなっていた。


「『竜渡り』っていうのはたくさんの飛竜が群れになって移動することなんだ。季節の分け目に起こることが多いんだけど、その時期と経路はその年によって違うんだ」

「へえ、鳥みたいですね。竜もそんなことするんだなあ」

「ただ移動するだけならいいんだけど、飛竜たちは移動しながら食事もしなくちゃいけない。もし渡りの途中で街の上なんか飛んだらどうなると思う?」

「えーと……あ」


 少し考えたザックは恐ろしい答えに辿り着き顔を青くする。


「人を……襲う!? そんなことなったら大変じゃないですか!」


 一般的な飛竜の大きさは三メートル超。武器を持った人間でも勝つのは難しい。

 そんな生き物が何十何百という数で襲ってきたら街はただでは済まない。学のないザックでも悲惨なことになるのはすぐに分かった。


「そ。だからみんなその対策に追われてるの。運悪く国王様と側近の騎士様たちも会談で留守だしね。この前ウチに怒鳴り込んできた師団長様は今大忙しだろうね」

「そっか、ロイさんしか今指揮できる人はいませんもんね。大丈夫かなあ……お手伝い出来ることないかなあ……」

「ザックって底抜けにお人好しだよね。普通あんな風に言われたら嫌いになりそうなものだけど」

「?」


 何のことか本当に分からないザックは、先輩の言葉に首を傾げるのだった。

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