第2話 慌ただしい日々

「にしてもヒドいよねえ好き勝手言ってくれちゃってさあ。あんな風に言われたら流石のおじさんも傷ついちゃうよ」


 そう言いながら魔具研所長のルッツはゴクゴクとコーヒーを胃に流し込んでいく。

 その様子を見たザックは「まだ熱いのによくそんなに飲めるなあ……と一人感心する。


「まさか魔具研ここがそんな風に思われてたなんて驚きです。ここの人たちは、俺みたいな田舎村出身にも優しい、素晴らしい方々なのに……」

「お、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。みんなが君みたいに視野が広いと嬉しいんだけどねえ」


 どこか寂しげにそう言ったルッツはコーヒーを飲み干すと、使い込まれたマグカップを机の上に置く。


「ただどうしても魔具研うちを快く思わない人たちはいる。君には苦労かけると思う、ごめんね」

「そ、そんな! 無職の俺を救ってくれた所長には感謝しかないですよ! 田舎に帰るしかなかったのに王城勤務出来るなんて夢みたいです、感謝しかありません!」

「そう? じゃあ……」


 ルッツは悪そうな笑みを浮かべると書類の山から紙を一枚取り出し、ザックの目の前に置く。


「お仕事、行ってきて貰える? ちょっと大変な奴だけど君なら大丈夫でしょ」

「……へ? お、お仕事ですか? でも俺まだほとんど教えてもらってな……」


 ザックは戸惑うが、ルッツはお構いなしに話を進めてしまう。


「だいじょーぶ! 頼りになる先輩も付けるからさ。男は度胸、ドンと行ってみよう!」


 所長の頼みを断れないザックは、なしくずし的に初仕事に駆り出されるのだった。


◇ ◇ ◇


 魔具研は不思議なところだ。


 自分みたいな魔道具の魔の字も知らない人間を捕まえていきなり採用するし、所長はいつも働いてないし、事務員の女性は一言も話さないし、先輩も……みんな変な人たちだ。


「あ! 来た来た! 遅いよザック、僕待ちくたびれちゃったよ!」


 所長に言われた場所に行くと、既に先輩の一人ルクトさんがいて俺を待っていた。

 ルクトさんの身長は俺の腰より少し高い程度、顔も童顔で子どもにしか見えないけど、れっきとした大人らしい。


「全く、いい大人なんだから時間は守ってよね、常識だよじょーしき!」

「はい、すみません……」


 言ってることはマトモなんだけど、見た目が子どもだから何とも真面目に受け取りづらい。


「それで仕事って何の話ですか? 自分まだなんにも聞いてないんですけど……」

「あ、そうだったんだ。ふっふっふ、今回の依頼はねえ大仕事だよ」


 不敵な笑みを浮かべるルクトさん。

 ごくり、いったいどんな仕事なんだ……!?


「なんととあるマダムの飼っている猫ちゃんが逃げたらしいので、今回はその猫ちゃんを探してます!」

「おおっ! …………って、猫?」

「うん猫」


 それがどうしたのという顔でルクトさんは見返してくる。

 その純真無垢な瞳に黙ってしまいそうになるけど、意を決して尋ねることにする。流石に王都に来て初の仕事が『猫探し』っていうのはちょっと悲しい。


「なんで猫探しを自分たちがやるんですか? 詳しくないんでよく分からないですけど、他にやってくれる所は……」

「ないね。民間の業者……冒険者とかに頼むことは出来るだろうけど、猫探しなんて地味な仕事、すぐには受けてくれないと思うよ」

「そ、そうなんですね」


 何でもやるつもりで魔具研に来たけど、まさかペット探しをすることになるなんて。

 ……いや、贅沢言っちゃ駄目だ。

 俺は本当はもう田舎に帰っているはずだったんだ。どんな仕事でも、本気でやらなきゃ。


「分かりました! 俺、頑張ります!」

「いいね、熱血で。今日はビシバシ働かすから頑張ってね」

「はいっ!」


 そう元気よく返事をしていると、一人の人物がこちらに近づいてくる。

 白い髪と銀縁の眼鏡、そして風にはためく白衣が特徴的な人物、あの人は……


「お、おはようございますミゲルさん!」

「ん? お前は……えーと……そうだ、新人のマクスとか言ったな?」

「違います! 俺はザックですザック! いい加減覚えてくださいよう!」

「そうだそうだ、思い出したよ……多分。悪いな、魔道具以外のことはすぐ忘れちまうんだ」


 そう言って「ひひ」と怖い笑み浮かべるのはもう一人の先輩ミゲルさん。

 背が低くて子どもみたいなルクトさんとは対照的に、身長が高くて大人の雰囲気を感じる。ただやっぱりこの人も普通と違って何だか危ない雰囲気を感じるんだよなあ……。


 さすが自称狂気の科学者マッドサイエンティストなだけはある。


「で、そのザックくんがどうしてここに? 私の実験体モルモットになる決心がついたのかな?」

「違いますよ! お仕事を手伝いに来たんです!」

「ああ仕事を……。こんなひよっこに手伝いをさせるとはルッツも人使いが荒い」

「人を実験体モルモットにしようとするよりはいいと思いますよ……」


 ミゲルさん、背も高いし顔も整ってるから人気出そうなんだけど、危ない人だから王城の中では避けられているらしい。話してみると意外と面倒見のいい人なんだけどなあ。

 ……時々やばい発言はするけど。


「それじゃあ早速私の狂気道具マッドアイテムをお渡ししよう。さっき完成したばかりの自信作だぞ!」


 自信満々と言った感じでミゲルさんが出したのは……『箱』だった。

 いや、俺ももっとマトモな例えをしたいんだけど、箱としか形容出来ない。


 その長方形の箱には四つの車輪が付いていて、正面に見える場所には猫の顔が描かれている。

 いったいこんな物で何をする気なんだ?


「ミゲルさん、これって……」

「フフフフ。私の発明品に驚き絶句したか、無理もない。この傑作『ネコサガース』はその名の通り猫を探すことの出来る最高に知的インテリジェンスな代物だ」

「そ、それは凄いじゃないですか! こんな貧相な見た目なのにそんな機能が!」

「貧相……?」

「あ、いや、非常ひんじょうに良いって言ったんです」

「……まあそういうことにしてやろう」


 危ない! 思わず本当のことを呟いてしまった!

 でも本当にこの魔道具は凄いなあ。さすが魔具研一の発明家だ、俺もいつか作れるようになるのかな。


「それでは早速起動しよう。マダムから譲り受けた猫の毛をセットして……と」


 箱の上部を開き、その中に毛を一束入れる。

 すると『ネコサガース』は突然起動しプルプルと細かく振動し始める。


『猫毛……感知……シマシタ。コレヨリ探索ニ……入リマス!』


 そう言うやネコサガースは急に車輪を高速回転させて走り去ってしまう。

 凄い速度だ……これなら逃げる猫にも追いつけるだろうな。


「おい、何やってるんだ新人」

「へ?」


 ミゲルさんの言葉に俺は首を傾げる。


「言っとくがアレの位置を追尾する魔道具なぞ作ってないぞ。見失ったら終わりだ」

「ちょ、じゃあどうするんですか!?」

「まあ走って追うしかないだろうな」


 呑気にそう言うミゲルさん。

 助けを求めるようにルクトさんに視線を移すけど


「初仕事頑張ってね♪」


 とても可愛らしい無垢な笑顔で見捨てられた。


「――――分かりましたよっ! やればいいんでしょやれば!」


 こうなりゃヤケだ! 絶対捕まえる!

 猫型の箱が走り去っていった方向に俺は全力で駆け出す。


 こうして俺の騒がしい魔具研での日々は幕を開けたのだった。

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