こちら王立魔道具開発研究所 〜騎士達に馬鹿にされてる魔道具オタクたちですが、意外とやる時はやるらしいですよ?〜

熊乃げん骨

第1話 ようこそ魔具研へ

 ここククミール王国に生まれた男子なら、誰でも一度は憧れる職業がある。


 それは『王国騎士団員』。

 強くてかっこいい騎士に憧れるのに理由はいらないだろう。


 田舎村の出身である俺も勿論小さい頃から憧れていて、その夢を叶える為にはるばる王都までやってきたのだが……


「まさか一次試験落ちするなんて……」


 全部で四回ある入団試験。

 俺はその最初の試験で落ちてしまった。


 三次までいけば来年また頑張ろうって気にもなるけど、ここまで悲惨な結果だと受け直す気にもならない。


「大人しく田舎に帰るかしかないか……」


 そう呟きながら帰路へ着こうとする。

 しかしそんな俺を遮るように一人の男がやってくる。


「君、魔道具に興味ないかい?」

「へ?」


 話しかけて来たのは片眼鏡が似合うダンディな紳士おっさんだった。

 黒いスーツをビシッと着こなしていて大人って感じだ。


「……どなたですか?」

「これは失敬、私の名前はルッツ・レッティオ。しがない研究所の所長をやっている、よろしくね」

「は、はあ」


 ルッツと名乗ったおっさんは名刺を差し出してくる。

 なになに……『王立魔道具開発研究所 所長』? そんな研究所が王都にあったなんて聞いたことないぞ。そもそも、


「魔道具……ってなんですか?」

「ふむ、まずはそこからか。どれ、喫茶店にでも行ってゆっくりお話ししようじゃないか。なあに支払いは経費……じゃない、おじさんが払ってあげよう」

「は、はあ……」


 こうして強引に俺ザック・ヴェルグは喫茶店に連れていかれる事になる。

 そこで話す内にルッツさんの口車に乗せられ……次の日には王立魔道具開発研究所、通称『魔具研まぐけん』に正式配属されることになるのだった。



◇ ◇ ◇



「納得できませんっ!!」


 狭い室内に大きな声が響き渡る。

 声の主である王国騎士ロイは怒りを露わにしながら目の前の小太りの男に詰め寄る。


「なぜ第一師団の予算が減らされているのに、魔具研の予算はそのままなのですか! 奴らは何も成果を上げず奇妙な実験をくり返しているだけではないですか!」

「そ、そう言われてもだね……」


 王国大臣である男は困ったようにごにょごにょと口ごもる。

 ロイはその態度に苛立ち、更に言葉を強くする。


「ええい話にならん! こうなったら陛下に直接話を……」

「それはいけない! 王は魔具研の所長と仲が良いんだ。陛下の機嫌を損ねるだけだと思うぞ」

「ぐっ……ならば直接抗議してくる!」

「あ、ちょっと!」


 ロイは大臣の部屋を飛び出すと、王城の中を足速に駆け抜けある場所に向かう。

 そこは王城の敷地内でもっとも端っこに存在する小さな建物。日陰者のアジトとまで言われる変わり者の集い場。


 王立魔道具開発研究所。通称『魔具研』の事務所であった。


「失礼する!」


 勢いよく事務所の扉を開けたロイは、中に入る。

 そしてその中の光景を見た彼は思わず「うっ」と声を漏らす。


「なんだこの物の山は……」


 建物の中には怪しげな機械や薬品がゴロゴロと転がっている混沌カオスな空間だった。

 唯一女性の事務員が作業している机周りだけは整頓されていたが、他の場所は足の踏み場もないくらいだった。


「おい! 所長はいないのか!」


 ロイがそう叫ぶと書類の山が崩れ、中から魔具研の所長、ルッツが姿を表す。

 彼はロイの姿を見て一瞬「げ」と顔を歪ませるが、すぐに顔を営業スマイルに戻し、彼に近づく。


「これはこれは、誰かと思えば飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍中の師団長殿ではありませんか。こんなカビ臭い事務所に何の御用で?」


 よく言えばフレンドリー、悪く言えば軽薄な感じでルッツはロイに尋ねる。

 ロイはそんな彼をキッと睨みつけながら吐き捨てるように言う。


「魔具研の予算の件で話がある。最近は王都も財政難だというのに魔具研は金を使い込んでるらしいではないか。その金は国民の血税、国のためにならない研究など即刻中止すべきだ」

「おやおやこれは手厳しい。おじさん参っちゃうよ」


 そう言いながらも所長のルッツはその顔に浮かべた笑みを崩さない。

 ――――いったい何を考えている。ロイはその心の内を計りかねていた。


「んまー傍から見れば無駄な実験に見えるかもしれないけどネ。ちゃんと目的があってやってるのよ僕たちは。お金の無駄遣いなんてしないの。これ本当にね」

「ではこの前の練兵場で起こした爆発騒ぎにも意味はあったというのか?」

「……あれは事故。ごめんね?」


 舌をぺろっと出し、お茶目な感じで謝るルッツ。

 そのあまりにも軽い謝罪にロイの額に青筋が浮かぶ。


「き、貴様……陛下と懇意であれば何をしてでもいいと思っているのか!?」

「ははは、怒っちゃった? 若いうちからそんなに怒ると長生き出来ないよ?」

「貴様のせいだろうが!」


 迫真の表情をしながら怒鳴り散らすロイだが、ルッツは相変わらずヘラヘラとそれを受け流す。そんなやり取りを数回していると、研究所の扉が開き男が一人中に入ってくる。


「ただいま戻りました……って、あれ? お取込み中でしたか?」


 入ってきたのは燃えるような赤い髪が特徴的な青年だった。

 一見細身だがよく見るとその肉体は鍛え上げられている、一流の騎士のロイと比べても遜色はないレベルだ。


「おかえり、ザックくん。買ってきた物はそこら辺に置いててくれたまえ」

「はい。分かりました」


 所長に命じられザックはそそくさとロイの横を横切り、手に持った荷物を置く。

 その様子をロイは興味深げに観察していた。


「見慣れない顔だな。新人か?」

「そ。ウチの期待の新人ザックくんさ」

「ふん……確かに有望そうな新人じゃないか。こんな魔具研には勿体無いほどにな」

「あ、それ言っちゃう? おじさん傷つくなあ」


 わざとらしく傷ついたふりをするルッツを見て、ロイは「……はあ」と大きなため息をつく。

 もう怒る気力も失せた彼は最後に一度ルッツを睨みつけると、踵を返す。


「ザック……とか言ったな。どうやら君は入るところを間違えたみたいだぞ」


 そう言い残して彼は研究所から出て行ってしまう。

 残されたルッツとザック二人の間に気まずい空気が流れる。


「ひとまず……コーヒーでも淹れましょうか?」

「お、いいねえ。おじさんは砂糖五個で頼むよ、あと……」

「ミルクもたっぷり、ですよね。任せてください!」

「さすがウチの期待の新人、物覚えがいいねえ」


 さっきの険悪なムードはどこへやら。

 二人は楽しげにコーヒーを楽しむのだった。

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