来る○月×日は○○大学の試験日です。ええ、そうです。あの最難関大学。私の夢であり、母の夢でもありました。私の人生の意味はその大学に入ること。なので私は様々、あらゆる手段をそのために捧げてきました。

 テストはいつでも高得点、私の通信簿を遡ればどこにでも「生徒会長」の文字があり、どこにでも先生方のお褒めの言葉で溢れております。


「良い事ではないですか。理想的な人生で」


 そうですね。

 ……しかし、ある日の躓きから人生が一変しました。少し、油断をしていたのかもしれません。


 ○○大学の過去問題がさっぱり分からなかったんです。


 焦りました。困りました。

 分かりませんでした、どうして分からないのかが。何を言っているのかが、さっぱり、分かりませんでした。

 有名塾には幼い頃から入っています。様々な問題集も家には揃っています。今通っている学校も有名高校です。

 だというのに……。

 何が足りないのか分からなくなった私は更に問題集を買い集め始めました。勉強の為ならば、あの大学に行く為ならば金に糸目は付けません。通う塾も増やしました。


「それで、過去問題は解けるようになりましたか?」


 ……。


 ……、……。


「解けるようになりましたか?」


 答えは分かりました。

 しかし解法が分かりません。


「何故? 何故それだけ優秀な師が揃っていながら分からなかったのですか」


 分かりません。ただ、私には出来るはずなんです。母もそう言ってくれているのだから、絶対にそう、出来るはずではあるんです。


「……」


 更に問題集を買いました。有名塾の数も増やしました。それ程の苦労は平気です、私は希望を約束された人間、人間の中でも頭一つ分抜けた存在。

 ――だというのに解法だけが分かりません。


 悔しくて堪らなくなって、イライラしてきました。自分が解けなかった問題集を持ってきてヘラヘラしていた友人をどうにかしてやりたくなって堪らなくなった。その時親御さんに電話するとか言い出した先生をどうにか止めなくてはいけなくなった。必死だったので何が起きたのかは分かりませんでした。

 兎に角、必死で、必死で……。


 大丈夫です、大丈夫。いつものことなので大丈夫です。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫……。


 正当防衛です。私は悪いことはしていません。


 その内私は業者に頼むことを考え始めるようになりました。試験問題をこっそり外部に流して、答えを頂くというもの。

 費用は七桁をこえました。金に糸目は付けません。用意してきた肥えた茶封筒を彼にぽんと渡しました。笑顔の張り付いた顔をする気持ち悪い男だと思ったのを、よく覚えています。


「それは随分思い切りましたね」


 兎に角母を失望させてはいけなかったんです。母が失望して私を見捨ててしまう事の方がよっぽど怖かった。その為だったら何でもするんです。二十点と書かれたテスト用紙を裏の家の山羊に与えたこともありました。


「その山羊は」


 尊い死でした。


 ただ、そんなある日。とあるニュースが目に飛び込んできました。

 先日行われた試験で不正が行われたらしいのです。――しかも私がこれからやろうとしていたのと同じ手法を使った人が。

 急に罪の露呈が恐ろしくなりました。きっと学校側もそれを受けて不正対策を強化しだすでしょう。それがただただ怖くなってしまって。

 幸いにも先日の事件に加担した業者は今回頼んだのと一切関係のない別の業者だったので、私は彼にもう一度面談をお願いしました。


『今回は何を?』

『……試験問題を横流し、して頂けませんかね』


 完璧な計画だと思いました。

 最初から答えや解法を知っておけば、私は絶対に合格しますし、試験会場でもごちゃごちゃやる必要はなくなりますし。

 それに、何かあったらパパの名前を出せばいいのです。にこやかな業者など、一捻りです。


 計画は完璧でした。


 後日、更に太った茶封筒と引き換えに私は試験問題を手に入れたのです。


 救われた、と思いました。


「でも、落ちますよ。それでは」


 ……何故。


「ここに証人ができてしまったからです」


 ……!


 ガチン!


「……ああ、ひび割れてしまった。反射で殴るのは危険ですよ。貴方の手、大丈夫ですか? そこに包帯とガーゼがありますから、自由にお使いください」


「ふふ……いつもそうやってきたのでしょう。いい加減目をお覚ましなさい。幸いここには貴方一人。自分を見つめ直す時間はいくらでもある」


「直ぐに手を出してしまうのは犯罪です。でも気付けないのは周りの優しさがあるからじゃあない。貴方を見限っているからだ」


 失礼な事を言うな! 私のことも苦労も何も知らない癖に!

 大体、お前のそのみずぼらしい格好は何だ。社会の底辺の癖に、大口叩きやがって。こんなボロ館だって、直す費用も何にもないんだろう!


「みずぼらしいのは貴方も同じ癖に」


 さっき言っただろう。こんな格好をしてまで駆けてきた、と。私にそんなものは無縁だ。金持ちなんだ。


「ああ、そうでしたそうでした」


 ったく、人の話も聞けないような奴が変に偉ぶって調子こきやがって! 今に見ていろ、お前の命なんてどうにでも出来るんだぞ!


「ああ、待ってくださいよ。そんな風にぷりぷりしないで、どうか私の話を聞いてくださいよ」


 触るな! 腕が汚れる!


「まあまあ。ちょっとだけで良いんです。私は否定なんてしていないんですよ」


 気持ち悪い事言いやがって、お前の話なんぞ聞きたくないわ!


「何を仰いますか。……私にも知らず期待してくる親がいたんです」


 ……。


「私もその大学、入りたかったんですよ」

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