夕間暮れは君の色

蓮海弄花

夕間暮れは君の色

 この街には秋がない。まだ暦の上では秋のようなものだったけれど気温はとっくに一桁台で、午後の四時にもなってくれば日は沈んでゆくし息も白くなっている。

 住んでいる町から車で三十分ほどのコンクリートの海岸線に、僕は友人と二人で座っていた。

 僕らの他に人は誰もいない。

 こんな冬みたいな季節に海風を浴びに來る好きモノは居ないのだろう。

 一メートルほど距離を空けて座っている友人が、ふっと煙草の煙を吐き出した。

 僕はまだ缶コーヒーを飲み終わっていないので、その副流煙を羨ましく思う。

「なんで」

 友人の口からこぼれた音の続きを僕は想像した。

 振られちゃったんだろうな。

 とか、だろうか?

 すう、と空氣が煙草を燃やしてフィルターを通って友人の肺に吸い込まれていった。その赤が、夕陽の沈む水平線の橙に霞む。

 友人は先月、付き合っていた女性と道を違えたのだった。そのことについて聞いてはいたけれど、僕からそのことについて触れたことはない。

 免許を持たない友人にドライブに連れて行ってくれと頼まれたとき、その話しを聞いてもらいたいのかな、と僕は思った。

 缶コーヒーのチープな甘さを啜る。その缶の表面は、さっきまでは素手で持てないくらいだったのにもう温い。

 恋もそんなもんなんだろうか。

 友人はトン、と煙草の灰をコーヒーの缶に落とした。

「なんで、もう息は白いのにさ。煙草吸うんだろ」

「ああ……」

 どうしてだろうな、と思った。

 コーヒーが甘い。友人も、いつもはブラックのくせに今日は珍しく僕と同じのを買っていた。だから飲むのが早かったのだろうか? 苦手だったから。

 恋も、そんなもんなんだろうか。

「煙草は、体の中、白くするからじゃない」

「ああ、そうかも」

 友人は短くなった煙草を缶にぐりぐりと押し付けた。飲み口から入れて、また一本ボックスから抜いて口に咥えた。

 僕はポケットからライターを取り出して、友人に差し出す。

「ん」

「サンキュ」

 僕も一本吸いたいな。コーヒーをぐいっと傾ける。

「ふー……俺、振られたんだけどさ」

「おん」

 飲んでる最中に切り出すなよ。

「なんか、あんまり傷ついてないんだよな」

「そうなの?」

 彼が彼女と別れてからはなんだか言葉少なだったし、考えに耽っていることも多かったから、てっきり落ち込んでいるものだと思っていた。

「なんか、好きって感じより、親しいって感じだったんだ。近しいというか……だから」

「ふぅん……」

 僕は、取り出そうと思っていた煙草をそっとポケットに戻した。

 だって、それは、そっちの方が、つらいんじゃないか。

 親しいひとと引き剥がされたら。

 口に出そうとして、躊躇って、結局僕は止めてしまった。

 だから、というのは、接続詞ではないようだった。

 けれど僕はその続きを勝手に想像する。

 だから大丈夫。

 だから平氣。

 だから、

 だから?

 なんだろうな、あとは。思いつかないな。

 僕は煙草の煙の代わりに白い息を吐き出して考えるのをやめた。

 唐突に太陽が水平線に沈みきり、空のグラデーションは黄色から緑へ、緑から青へ、青から黒へと変わりゆく。

「帰ろう」

 友人は、そう言って立ち上がった。空き缶を持って立ち上がりながら、僕はなんとなく口を開いた。

「あのさ」

「うん?」

「来月暇?」

「え? さー……まだシフト出てないから月末まで待ってよ」

「ああ……うん。そうだな」



 あの時、来年の予定を聞いていたらどうなっていたのだろうか。

「あいつ、全然死のうとか、そんな感じしなかったです。だから、」

 友人の母と話しながら、僕は内心で考えた。

 お前、つらかったんじゃないか。

 そう口に出していたら。

 どうだったんだろうな。

 泣き崩れる友人の母は、ハンカチで目元を覆って、「ええ、ええ」と繰り返した。

 線香の香り。

 窓の外は雪がぼたぼた落ちている。

 冬は息が白いから、線香なんか上げさせるなよ。

 なあ。

 なあ。


 なあ。

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