第15話 使用人の仕事(2)

 バーナデットの別荘では、使用人の仕事は当番制となっている。本家の屋敷から連れて来た人数が少ないため、誰もが満遍なく仕事をこなせるように、とのことだ。

 ルーファスもこの一ヶ月で一通りの当番はこなした。中には丸一日かかるような面倒な仕事もあったが、翌日には大抵楽な仕事を割り当てられた。

 当番のスケジュールを組んでいるのは、ローマンだ。あのバーナデットの執事というだけあって、飴と鞭の使い方がよく分かっている、と思った。


「さて、残りの仕事は……資料庫を整理すれば終わりか」


 ベストの内側にあるポケットから、手の平サイズのメモ帳を取り出し、当番のスケジュールと仕事の手順を確認した。

 別荘の地下には、小さな資料庫がある。ルーファスも、これまでに何度か足を運んだことがあった。使用人たちは、当番分の仕事が終われば、自由に残りの時間を過ごしていいことになっている。一人きりでは外出も出来ず、娯楽の類も用意されていないため、ルーファスが時間を潰せる場所はここしかないのだ。

 小さいながらも資料庫には、満遍なく多様なジャンルの本が保管されていた。子供向けの絵本や童話集から一般的な小説をはじめ、王国の歴史とそれに連なる軍事の書、レヴィル侯爵家にまつわる魔法薬書と魔術書など。本に関しては、あと数年ここに居ることになっても飽きないだろう。

 ルーファス自身、活字を読むことは嫌いではない。城にいた頃から、教育の一環として様々な本を読んでいたし、イアンに読み聞かせるのも楽しかった。


 資料庫に入り、指導された手順に沿って掃除や整理を始めた。と言っても、資料庫を散らかすような人物はいないため、元より片付いている。

 そんなに時間はかからない……予定だった。

 本棚にしまってある本の上部に積もった埃を払うため、ハタキを上下に振るう。少しずつ横に移動しながら振り続けていると、微かに飛び出していた本の角に引っ掛かった。ハタキに重さを感じ、あっ、と思った時には遅かった。


「うわっ!」


 ──バサバサバサッ!


 ルーファスの声と共に大きな音を立てながら、数十冊の本が雪崩落ちた。一列丸ごと本が消えた本棚は、悲しげに口を開けている。

 ……やってしまった。

 ルーファスは、すぐに本を拾い上げる気持ちになれず、その場に立ち尽くした。


「ん? なんだ、これは」


 空っぽになったはずの本棚には、使い古されたノートが一冊残っていた。手に取ってみると、奥にあったわりには埃を被っておらず、頻繁に出し入れされているのが窺える。

 ルーファスは資料庫に誰も居ないことを確認してから、ノートをパラパラと捲った。好奇心には勝てない。

 ノートの中には、目がチカチカするほどビッシリと文字が敷き詰められていた。几帳面な字が規則正しく並んでいる。書かれていることに関連しているのか、資料の切り抜きや新聞の記事も多数挟まれていた。


「何が書いてあるんだ?」


 小さく呟いて、内容にしっかりと目を通そうとした時だった。カツ、カツ、カツ……と、資料庫に通じる階段を降りる音が響く。

 誰か来る!

 ルーファスは反射的にそのノートをズボンに挟み、ベストの下へと隠した。


「ルーファス様ー! もうすぐ夕食ですよー! いつまで資料庫でサボってるんですか……って、うわ」


 夕食を知らせに来たミゲルは、資料庫に入るなり絶望の声を上げた。いつもは散らかっていない床に、数十冊の本が散乱としているのだから当然だろう。


「いや、その、ハタキが勝手に、な」


 ルーファスは懐に隠したノートに気付かれないよう、手に持ったハタキを振るって視線を誘導した。ミゲルの視線が実に痛い。


「いい年こいた大人が何言ってるんですか。ハタキが勝手に動くわけないでしょう。何なんですか、もう。僕も手伝いますから、早く片す!」

「は、はははっ……ああ、頼む」


 グチグチと文句を漏らしながら、ミゲルは本棚に本を戻し始めた。棚にあったはずのノートが見当たらない事に触れてこないということは、このノートについて知らないようだ。


「ボケッとしない!」


 ほんの少し懐のノートに意識を向けたルーファスへ、ミゲルの苛立った声が届く。ルーファスは急かされるがままに、手を動かし始めた。

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