第13話 ただの男として生活開始(2)

「ルーファス様、昼食の時間です。食堂に向かいましょう」


 別荘内の掃除が粗方終わった頃、立派な柱時計の針は二本とも天辺を指そうとしていた。

 ミゲルの声を合図に、ルーファスは手に持っていた雑巾をバケツへ放り込み、丸まっていた背中を伸ばした。同じ姿勢で拭き掃除をしていたせいで、関節がポキポキと音を立てる。視界の端でミゲルも大きく伸びをして、肩をグルグルと回していた。


「レヴィル侯爵家の使用人は、基本的に皆でテーブルを囲んで食事をとるのです! ふんふふーん、今日のメニューはなんだろうなー!」


 子供らしいうきうきとした声を上げるミゲルに続き、ルーファスも食堂へと入った。食堂には、既にローマンとメイドとコックが席についており、楽しそうに談笑をしていた。

 ミゲルとルーファスが入ってきたことに気が付いたコックが、軽やかに片手を上げる。


「よう、ミゲル。ご苦労さんっと。お、そちらはルーファス様ですね」


 ガタッと音を立てながら立ち上がったコックは、ルーファスに歩み寄り、片手を前に出した。

 さっぱりとした短髪、髪色と同じミルクティー色の三白眼な瞳が特徴的で、ほりが浅い顔立ちの男だ。体付きは、ルーファスと同等の立派な体格をしている。


「ご挨拶が遅れてすみません。俺はこの別荘でコックをしているダニエルと申します。気軽にダニーって呼んでくれると嬉しいっす。よろしくお願いします」

「あ、ああ。ルーファスだ」


 きつめの顔立ちのわりに馴れ馴れしい男だな、とルーファスは思った。語尾にも小さな“つ”が入っているような軽い口調だ。

 ルーファスは差し出された手を軽く握り返した。その瞬間、ダニエルの表情が音を立てて砕けたような眩しい笑顔へ変わり、思わず面食らう。


「さあさあ、こちらへどうぞ! お掛けください。いやー、まさか王家の方に俺の料理を食べて貰えるだなんて光栄だなー」


 握手をした状態のまま、ダニエルはずるずるとルーファスを引き摺って、椅子へと腰掛けさせた。

 朝食を食べたのと同じ四人掛けのテーブルだ。

 ルーファスを含めて、この別荘で雇われている使用人は五人いるため、短辺の部分に一つ椅子が追加されていた。その席には、ミゲルが意気揚々と座る。ルーファスの正面にはローマンが座り、左斜め前にはメイドが座っていた。ルーファスの左隣の席には、ダニエルが座るようだ。


「あ、あの、ルーファス様。私もご挨拶が遅れて申し訳ございません。メイドのシシリーと申します」


 お下げ頭のメイドが微かに声を震わせながら、わたわたと椅子から立ち上がって一礼した。緊張しているのだろうか、瞳も揺れ動いている。


「良い、かけろ。今は同じような立場だ」


 受け入れられないが、と心の中で呟き、手を下に振ってシシリーに指示をした。シシリーは、またわたわたとしながら椅子に座り直した。


「ダニーさん、今日の昼食は何ですか?」

「おう、今日はオムライスだぜ。たーんと食えよ!」


 ミゲルがオムライスという言葉に目を輝かせて、用意されたスプーンを握る。まだ運ばれても来ていないのに、涎を垂らしそうな勢いだ。

 ダニエルは未だに落ち着かない様子のシシリーを誘ってキッチンへ行き、人数分の食事を運んでくる。二人は手分けしてテーブルへ食事を並べ、再び席に着いた。


「では、いただきましょうか」


 ローマンの声を合図に、各々が食事を始める。シシリーとローマンはゆっくり味わうように食べ進め、ミゲルはガツガツと飲み込むように食べていた。


「どうっすか、ルーファス様。舌に合いますかね?」

「あ、まあ、そうだな。美味いんじゃないか」

「良かったー! お城では肉中心の食事だろうから、お口に合わないのではと思ってたんですよ!」


 朝食の時にはその件について文句を漏らしたな、とルーファスは思った。ダニエルはそれを見通しているかのように、砕けた笑顔のまま言葉を続ける。


「昔からレヴィル侯爵家では、庶民の食事と同じように野菜をたっぷり使っています。領地の殆どが畑だったかららしいっす。今は家畜を育てられる環境になり、肉も安定して手に入るようにはなりましたが、食事は贅沢化していません」

「何故だ? 手に入る環境が整っているのなら、それに合わせて食事も変えれば良いだろう」

「庶民と同じ目線に立てるように、というお嬢様からのご指示です。食事に慣れるまでは時間かかると思いますが、俺も工夫して調理するので! 残さず食ってくださいね!」


 ルーファスは、熱さすら感じる威圧感で迫るダニエルから逃げるように、顔を逸らした。

 その後も、食べ終わるまでずっと監視するように見られ、段々と味もしなくなる心地だった。

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