第10話 陰った朝(2)

 渋っていたのがまるで噓だったかのような勢いで食事を食べ終えたルーファスは、食後に出された紅茶を啜って一息ついた。バーナデットも同じように紅茶を啜りながら、再び新聞を読んでいる。

 慣れない環境のせいで何とも言えない居心地の悪さを感じていると、バーナデットが口を開いた。


「もう記事になっていますよ」


 バーナデットは、読んでいた新聞をルーファスにも見えるようにテーブルに置き、トップ記事を指差した。

 記事の見出しには【大罪人・ルーファス元殿下、賊に襲われ死亡】と書かれている。その隣に、バーナデットの指示で脱がされ、賊の手へと渡った、血(のような液体)が付着したルーファスのジャケットの写真が載っていた。


「これは、王都新聞か」

「はい。王都から離れたこの地ではまだ買えないため、朝一番で取りに行かせました。王国全土にわたるまでには、二日ほど時間がかかると思います」

「つまり、あと二日もすれば、俺は全国民から死者として語られる存在となる、ということか」

「その通りです」

「ハッ。傑作だ」


 大罪人として告発され、王位継承権を剝奪、新しい爵位として男爵を与えられ、領地に向かう途中で賊に襲われ死亡ときた。もう笑うしかない。ルーファス・バリー・ゲイガンハートの人生は、絵に描いたような転落劇だ。いっそのこと悲劇として後世に残るよう、本にでも書き綴ってほしい。

 新聞から顔を逸らし、椅子へとふんぞり返るように座り直す。バーナデットは新聞を折りたたみ、テーブルの端へ置いた。


「計画通りに事が進んで安心いたしました」


 ルーファスは、バーナデットの言葉に思わず椅子からひっくり返りそうになった。グッと自慢の腹筋に力を入れて体勢を立て直し、テーブルに手を叩き付けて、その勢いのまま立ち上がる。バーナデットは驚いた様子もなく、紅茶を啜りながらルーファスを見上げた。


「計画通りとはどういうことだ?」

「その通りの意味ですよ。最初からゲイガンハート男爵に死んでいただくつもりでいたのです」

「昨日は、俺の身を保護するために連れてきたと言っていたではないか!」

「貴方の身を護るために、ゲイガンハート男爵には死んでいただく必要があったのですよ」


 埒が明かない。しかし、淡々と話すバーナデットの言葉には、ルーファスをおちょくっているような様子はない。これもまた真実なのだろう。

 ルーファスは、既に散らかった髪を更に両手で引っ掻き回し、椅子にドカリと座り直した。


「もうお前の話はよく分からん。分かるように話せ」

「ルーファス様には、もう少しご自身で考えていただきたいのですが」

「俺は存在しているだけで価値があるのだ。頭を使うようなことは、それが得意な奴に任せる」

「はあ。頭を使うことも出来るのに、使わないとは実に勿体ない」

「うるさい。早く続けろ」


 不満を隠さずに顔へ滲ませたバーナデットは、ルーファスにも届くほど深いため息をつく。ルーファスは、そのため息を追い払うように鼻を鳴らした。


「ゲイガンハート男爵が生きている限り、アーノルド様は、金で雇った賊を送り込んでくることでしょう。その度に私や私の使者が、貴方を護ることはあまりにも不効率です。そこで、アーノルド様の計画通り、ゲイガンハート男爵は賊によって殺されたことにしよう、と考えたのです。そうすればアーノルド様は次の計画へと移り、用済みの貴方が狙われる可能性は限りなくゼロに近くなるはずだ、と。ここまではご理解いただけますか?」

「……ん、ああ」


 引っかかる言い方をされた気がする、とルーファスは思ったが、今は話の続きの方が気になった。少し膨れた顔で続きを話すように目配せをすると、気にも留めていない様子で、バーナデットが再び口を開く。


「わざと王章を隠さずに馬車を走らせ続けたのは、貴方を狙う賊を炙り出すため。もし、賊が襲ってこなかった場合には、別の手段で死を偽装するつもりでおりました。確実性を持たせるため、疑似血液を付着させたジャケットを賊へ渡したのは正解でしたね」

「待て。一つ疑問なのだが、あの賊は実際に手を下したお前のことをアーノルドへ話さなかったのか?」

「自分の手柄しか考えていない賊が、わざわざ話すわけないでしょう」

「む……それも、そうだな」

「ご丁寧に写真まで載せて新聞の記事にしたということは、上手く騙せたようです」

「ん? この王都新聞の記事も、アーノルドの指示か?」

「おそらく。大罪人となり王位継承権を剝奪されたとはいえ、貴方の支持者がごく一部残っていた。その一部の希望さえ断ち切るために、周知したのでしょう」

「そうか」


 ルーファスは、肩の荷が下りたようにほっとした。

 バーナデットの話を聞く限りだと、自分の身はもう安全だ。ずっと懸念していた大罪人の男爵として、惨めな人生を送ることもない。自分を匿ったということは、バーナデットはこの後も世話をしてくれるということだろう。

 この別荘は住んでいた城に比べるとまるで馬小屋のように小さいが、生活が出来ないわけではない。最低限の使用人もいるようだし、少しぐらいの不自由は目を瞑ろう。

 安堵から顔の筋肉が緩み、口角が自然に上がった。


「新聞が発行されたおかげで、ルーファス様にも動いていただきやすくなりました」

「は?」


 これまで見たこともないほど、ほくほくとした笑顔を浮かべるバーナデットの顔を見て、ルーファスは石のように固まった。

 今、この女は何と言った?


「あら、まさか『これでもう安心。のうのうと生きていける』とでも思いましたか? ふふっ、そんな都合のいい話があるわけないでしょう」


 バーナデットは笑顔のまま話を続ける。その様子が酷く恐ろしい。


「今となっては見た目にしか価値がない貴方でも、王族の血を引いている嫡男です。最低限の敬意を込めて、ルーファス“様”とお呼びしておりますが、貴方の身分は二大貴族の令嬢である私よりも遥か下。また、私は生を投げ出そうとしていた貴方を救う際に『その命、貰い受ける』と言ったのです」

「つ、つまり何が言いたい」


 痛いところばかりを突かれ、反論の余地もないルーファスは掠れた声を絞り出した。バーナデットの笑顔は変わらない。貼り付けたようにそのままだった。


「肩書も何もない、この世にももう存在しない、ただの男として、私の元で働いていただきます」

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