第11話 確立する決意

 ルーファスとの朝食の時間が終わり、バーナデットは自室へ戻ってきた。

 午後の予定まで、束の間の休憩時間だ。

 大きな窓の前に置かれたデスクへ近寄り、チェアへと腰掛ける。デザイン性よりも使い勝手の良さを重視したデスクとセットのチェアは、長時間の執務でも疲れにくく、バーナデットも気に入っていた。

 行儀が悪いと分かりつつも頭の重さに耐えきれず、デスクに肘をついて頬杖をしていると、扉が三回ノックされた。


「バーナデット様、失礼いたします」

「シシリー!」


 扉を開けて入ってきたのは、メイドのシシリーだった。小柄な体でバケツと箒とモップを抱えており、足首まで丈のあるスタンダードな黒いメイド服を着用している。


「王都から戻ったばかりだから、今日は仕事を休むようにと伝えたはずよ」

「転移魔法を使って、本家のお屋敷から移動してきただけですから、そんなに疲れておりませんよ」

「上級魔法は体に負担がかかるでしょう? 無理しないで」


 この別荘には、王都にある本家の屋敷へ行き来が出来る転移魔法の魔法陣が用意されている。転移魔法は上級魔法とされており、使用できる人間は王国の中でも一握りほどしかいない。別荘内でも、使用できるのはバーナデットとシシリーだけだ。

 また、使用した際には体への負担が多いため、多用することは厳しい。有事の際の避難方法の一つ、もしくは急ぎの案件があった時のみ使用を許可している。


 バーナデットは、ルーファスが王位継承権を剝奪された日から、シシリーを本家に帰らせていた。御者として動くミゲルが王都から離れてしまうため、王都の情報を収集できる人物を置いておきたかったのだ。そして今朝、ルーファスの死を一面に飾った王都新聞を入手してもらい、別荘へ戻ってもらった。


「すみません、じっとしていられなくて。せめて、バーナデット様のお部屋だけでもお掃除させていただこうと」

「真面目ねえ……」

「バーナデット様ほどではありませんよ」


 シシリーは、本家である屋敷から連れてきた唯一のメイドだ。茶髪でくりくりと強い癖がついている髪がコンプレックスの彼女は、広がらないように三つ編みのお下げ頭にしている。眉はいつもハの字に下がっており、大きなエメラルドグリーンの瞳は揺れ動いていることが多い。


「私は真面目しか取り柄がないもの」

「そんなことありませんよ! 冷静で聡明で負けず嫌い。表向きはそんな令嬢を気取っておられるので誤解されますが、実はよく笑うし甘い物が大好き、ぬいぐるみを抱いて寝ないと熟睡も出来ない可愛らしさ。髪の毛も私と違い真っ直ぐのストレートヘアですし、キリリと吊り上がった瞳は獲物を狩るような力強さ! 性格も見た目もとても素敵なご令嬢レディーです!」

「あー、もう、分かった分かった。早口で話すのやめなさいってば」

「ハッ! またやってしまいました……つい興奮してしまって」

「いいわよ、昔からだもの」


 シシリーとバーナデットは同い年の幼馴染である。身分の違いはあれど、幼い頃より仲睦まじく育ってきた。本家のメイド長を母に持つシシリーは、当然のように自身もレヴィル侯爵家のメイドとなった。バーナデットの侍女ともいえる立場になってからも、二人しかいない空間ではお互いについ砕けた口調になってしまう。


「はあ〜。ルーファス様を遠目から拝見しましたが、やっぱり格好良いですね〜! まさか同じ屋根の下で暮らせるようになるとは、夢にも思いませんでした」


 シシリーは柔らかそうな頬を桃色に染めて、うっとりと恋するような乙女の顔をしていた。ここにも彼の顔を信仰する者がいたか、とバーナデットは顔を歪める。


「シシリーって、あんな感じの顔が好みなの?」

「特別好きという訳ではありませんよ。ただ、憧れの存在が舞い降りてきた、キャー! 握手してー! という感じです。面と向かったら、私、ドキドキして話せないかもしれません」

「そんなに?」

「はい! どうして、バーナデット様は平然と話せるんですか?」


 可愛らしく頬を膨らませるシシリーに、バーナデットは苦笑する。どうして、と問われても、よく分からない。

 ルーファスの容姿は、それはそれは優れていると思う。彼が十歳の頃から知っているが、昔から顔は完成されていた。生まれ持った美しさを日々磨き、体も鍛え上げたルーファスは、いつしか異性の視線だけでなく、同性からの視線も我が物としていた。纏うオーラは独特な魅力があり、人を惹き付けては離さない。

 それでも、バーナデットのルーファスに対する態度が変わることはなかった。出会った時からずっと同じだ。友人でも恋人でもない、というだけの距離感。婚約者だった当時も、お互いに恋愛感情なんてものはなく、一緒にいても胸が高鳴ることはなかった。そういう所が気に食わなくて、婚約破棄を宣言された時に、散々文句を言われたのだろう。


「ねえねえ、どうしてですか!」

「んー、そうねえ……ルーファス様の顔に興味がない、から?」

「えー! そんなことあります? 作り物のように完璧な顔なのに?」

「なら、話す銅像だと思ったら気が楽になるんじゃない?」

「そんな摩訶不思議現象の方が話せなくなりますよ……って、それよりも! ルーファス様は大丈夫そうですか?」

「ん? 何が?」


 急に話が切り替わり、問いの意味が分からず、バーナデットは聞き返した。シシリーは口を動かしながらも、部屋の隅から掃除を始める。


「だって、今までお城で蝶よ花よと大事に育てられていたのに、急に全てを失ってしまわれたんですよ? あげく命まで狙われて、救われたと思ったらバーナデット様による無茶ぶり。精神的にズタボロになってしまいませんか?」

「えー、あの男はそんなに軟なハートじゃないわよ」

「んー、そうなんですかあ……?」

「それに、私は無茶ぶりなんてしていないわ。働かざるもの食うべからずってだけよ」


 そう。ルーファスにはあの後、ここに身を隠している間のルールを伝えた。


 一つ目、良くも悪くも目立ち過ぎる優れた容姿を隠すこと。バーナデットが自ら調合した変身薬を渡し、一日一回必ず飲むように、と指示した。薬の継続時間は約十二時間。とはいえ、薬の効き方は飲む人の体質によって多少変わるし、副反応が出ることもある。暫くは様子見、その後は微調整を繰り返すつもりだ。バーナデットとしては、新しい被験者が出来て喜ばしい限りだった。


 二つ目、別荘の外に出る時には必ず誰かと共に行動すること。アーノルドに狙われる可能性が低くなったにしても、油断が出来る状態ではない。万が一、ルーファスが生きていることがバレて襲われた際には、匿っていたバーナデット達にも危険が及ぶ可能性もある。そのため、単独行動は控えるように、と強く言い聞かせた。


 三つ目、ミゲルの下で共に働くこと。計画のためとはいえ、危険を冒してルーファスを匿っている。それなのに何もせずに衣食住が出来る環境を与えるわけがない。隠密行動が得意なミゲルには、外へ出て情報収集等をしてもらうことも多いが、別荘内では執事見習いとして雑務をこなしてもらっている。手練れの熟年執事ローマンに指導を任せるよりも、お互いのためになるだろう、と考えたのだ。


「ま、バーナデット様の愛ある鞭ですからね! ルーファス様にはしっかりと受け止めていただかないと!」

「……ちょっと。その言い方はなんだか気持ち悪いわ」

「えー! ここから再び始まるラブロマンスはないんですか?」

「ないわよ。というか、以前にもラブロマンスなんてなかったわ」

「えー! そんなあー!」


 モップをかけながら酷く落胆するシシリーの姿に、バーナデットは呆れて脱力してしまった。

 そういえば、シシリーは最近、恋愛小説にお熱だったような気がする。コックのダニエルと感想を言い合ってキャーキャーと盛り上がり、それをローマンに見つかっては叱られていた。

 バーナデットも薦められ、軽く目を通したことはあったが、魔法薬書の方が何倍も面白く感じ、その一回以降は読んでいない。

 ルーファスとラブロマンス?

 ないない。あの男なら、自分自身と一人きりで満足のいくラブロマンスが出来るだろう、とバーナデットは思った。


「ああ! そうだ、バーナデット様。テオ坊ちゃんよりお手紙を預かっております」

「あら、嬉しい。元気だった?」

「はい、とっても。お屋敷中を走り回っておりましたよ」

「ふふっ。そう、良かった」


 汚れないようにと手を拭ってから、シシリーは手紙をポケットから取り出し、バーナデットへ差し出した。受け取った手紙には、ミミズの這ったような字で『バーナデットおねえさまえ』と書かれている。

 テオは、今年で五歳になる年の離れた可愛い弟だ。バーナデットが別荘に移り住むことになった時は、まだ三歳だったため、あまり構ってあげられなかった。それでも、度々手紙を書いてくれるのは、父と母をはじめ、使用人たちの計らいだろう。

 バーナデットは早速、封を開けて中の紙を取り出した。紙には、父と母とテオ自身に加え、バーナデットの姿が描かれていた。裏には『はやくおねえさまとあそびたいです』とメッセージが添えられている。


「素敵な絵ですね」

「ええ。テオのためにも、早く片を付けて本家へ帰らないと」


 バーナデットとシシリーは顔を見合わせて笑い合った。

 護るものがある。愛すべき人たちが待っていてくれる。

 バーナデットにとってそれは、途轍もない原動力だった。

 手紙をデスクの引き出しへ大事にしまい、グググッと背を伸ばす。窓から差し込む日の光も、だいぶ高くなっていた。

 今日も気合を入れて活動しよう、とバーナデットは立ち上がった。

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