第8話 明けた夜(2)
「賊に襲われなければ、そのまま私の別荘へお連れするつもりでした。貴方の身を保護するために」
「俺の身を保護だと?」
「はい。身をもって体験されたかと思いますが、貴方は命を狙われております」
「確かにそうだが、それは賊たちの間で行われている罪人狩りだろう? 報酬が出ると言っていたし」
近頃、王都から離れた土地では、罪人狩りが行われていると耳にしたことがあった。それも賊によるものだ。なんでも、罪人には罪の重さによって、懸賞金がかけられることがあるらしい。指定された期間内に罪人を狩ることが出来れば、その報酬を得られるという。
懸賞金をかける罪人を決めるのは誰なのか、報酬の支払い元が何処なのかは分からない。暇を持て余した何処かの貴族か、はたまた正義を振りかざす一部の好き者たちの仕業か。
何にせよ、罪人に救いの手を差し伸べるのは教会勤めの聖人ぐらいだ。それ以外の人間からすれば、罪人の命など家畜の命よりも軽い。
「その様子ですと、罪人狩りの原理はご存知のようですね。あの賊は、たまたま懸賞金がかけられた貴方を襲いにきたのではございません。貴方を殺すように、と依頼主から指示をされた賊なのです」
「何? ならば、依頼主とは誰なんだ」
「ラスボーン公爵家当主、アーノルド様です」
「アーノルド、だと? 一体何の為に?」
「彼の目的については調査中のため、お答えすることは出来ません。ですが、ルーファス様の王位継承権剥奪を企てたのも彼だと考えております」
バーナデットは確信を持っているのか、はっきりとした口調で言い切った。獲物を狙う鷹ような鋭い眼光に、ルーファスの背が冷える。
「随分と手際が良く、調べもついているようだが……こうなることを予想していたのか?」
「はい。ある程度は」
瞳を伏せて頷くバーナデットの姿に、ルーファスは苛立ちを感じざるを得なかった。
先程から話を聞いていれば、自分はアーノルドに嵌められ、こうなることをバーナデットは予想していたから、事前に使者を送り込んでいたという。当の自分は何も知らず、ただ二人の手の平の上で踊らされていたようではないか。気に食わない。
「不貞腐れないでください」
「不貞腐れてなどいない」
ムッスリと顔に苛立ちを表したルーファスの顔を一瞥し、バーナデットは窓の外へと視線を向けた。
「多少の危険はありましたが、想定内です。これからのことは、また明日お話いたしましょう」
それが合図だったかのように、馬車のスピードが徐々に緩まり停止した。数拍の後、扉が軽くノックされ、ゆっくりと開かれる。扉を開いたのは、十歳を少し過ぎたぐらいの小柄な少年だった。
「バーナデット様、お疲れ様でございました。無事に到着です」
「貴方もご苦労様。道中、異変はなかった?」
「はい。追跡されていた様子もございません」
「そう、良かった」
バーナデットは、少年の手を借りて馬車から降りる。そのあとに続いて、ルーファスも馬車から降りた。
「おい、バーナデット」
「なんでしょうか?」
「このガキが、ミゲルか?」
「はい。そうです」
ルーファスは、バーナデットの傍に寄り添うように立つミゲルを上から下まで舐めるように見つめた。
ミゲルは、バーナデットと同じ漆黒の軍服を着て、黒いマントを羽織っている。真っ直ぐに切り揃えられた短い黒髪の下、きらりと光るガラス玉のような碧眼が印象的だ。
「お前がわざわざ送り込んだ使者だというからどんな奴かと思っていたが、こんなガキだったとは。とても仕事が出来るようには見えないのだが?」
どんなに見つめてもそうとしか思えず、ルーファスは腕組みをして首を捻る。その一言に顔を赤くしたミゲルは、ルーファスに噛み付かん勢いで吠え出した。
「失礼な! 僕はバーナデット様の信用を得て、この任についているのです! まんまと罠に嵌った馬鹿な男よりもマシでしょう!」
「な、なんだと、このクソガキ! この俺にその態度、教育が行き届いていない! 不敬だぞ!」
「うるさい! 僕は、貴方がバーナデット様にしたことを絶対に許しませんからね! 顔だけ男!」
「はあ? 俺は顔だけではない! 声も体も良い!」
「……二人とも静かに」
その場の空気を凍てつかせるような冷たい声に、言い争っていたルーファスとミゲルは口を噤んだ。
「別荘の敷地内とはいえ、大声を出すのはお控えください。人の声とは響きやすいものです。誰かに聞かれたらどうするのです?」
「も、申し訳ございません。バーナデット様。つい、その、カッとしてしまって」
「ミゲル、貴方はまだ任務中です。私語は慎みなさい」
「はい……。で、では、馬車を裏庭に隠し、馬を馬小屋へ入れて参ります」
「ええ、ありがとう。今日も良い働きでした。その後は、もう休みなさい」
「はい、承知いたしました」
ミゲルはバーナデットに向けて一礼し、再度馬車を操った。去り際にルーファスを憎らしそうに睨んでいたが、気付かぬふりをして顔を逸らした。
「さて、ルーファス様もお疲れでしょう。お部屋にご案内いたします。こちらへ」
「あ、ああ」
有無を言わせない圧を発し続けるバーナデットの言葉に、ルーファスは黙り込んだ。まだ聞きたいことはあったが、とても聞ける雰囲気ではない。
大人しくそのあとをついていき、用意された部屋へ入った。
「おやすみなさい」
バーナデットはそう言って扉を閉めた。足音が遠ざかっていくのを感じる。
今日は本当に疲れた。もう何をする気力もない。
ルーファスは、吸い込まれるようにベッドへと倒れ込んだ。沈み込む体と共に意識も暗闇に溶けていく。寝息を立てるまでに、時間はそうかからなかった。
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