第7話 明けた夜(1)
ガタガタという音と共に、下から突き上げられる痛みを感じ、ルーファスは目を開けた。
この揺れは馬車の中だろうか。座席に頭を乗せて横になっているせいで、揺れが脳にまで響く。
視線の高さにはズボンの膝小僧がある。誰かが正面に座っているようだ。ゆっくりと視線を上げていくと、窓の外を向いていた視線がこちらを向き、バチリとぶつかった。
「お気付きになられましたか」
正面に座っていたのは、軍服姿のバーナデットだった。頭の上から声をかけられて、ルーファスは飛び起きる。そのまま立ち上がりそうだったが、馬車の中であることを思い出し、中腰の時点で座席に戻ることが出来た。
「バ、バーナデット!」
「はい。先ほどは私の顔を見た途端、気を失ってしまわれたので心配しておりました」
ショックだった。いくら気を張っていたとはいえ、元婚約者の顔を見た衝撃で気を失ってしまうなど、あまりにも無様だ。
「ご安心ください。夜の森は暗かったので、白目をむいて泡を吹きそうな勢いで倒れたところなど、はっきりとは見えておりませんよ」
「その口ぶりは、はっきり見えていただろう……」
「さあ? どうでしょう?」
月明かりに照らされる嘲笑に、頭を抱えてうずくまりたい気持ちでいっぱいだった。
正直、バーナデットの顔を見た後の記憶は一切無い。からかわれているのではなく、本当に気絶してしまったのだろう。
自分のあまりの失態に唸り声しか上げられないでいると、バーナデットがため息混じりに口を開いた。
「まあ、馬車の中へ運ぶのには苦労しましたが」
「そ、そうだ! この馬車は一体どうしたんだ、どこへ向かっている、御者の死体はどうした!」
現状のことが何も分からないルーファスはパニック状態となり、バーナデットの両肩を掴んで背もたれへと力いっぱい押し付けた。バーナデットはその衝撃に一瞬顔を歪め、眉間に深い皺を寄せて体を押し返してくる。
それでも力を弱める気のないルーファスの手に、バーナデットの手がそっと添えられた。冷たくてカサついた細い指の感触に、少し頭が冷静になる。
「落ち着いてください。そんなに浅く腰掛けた状態ですと危ないですよ。何よりも大事な麗しの顔へ、傷を付けたくはないでしょう?」
「……ちゃんと答えるか?」
「最初から隠す気などありませんよ」
バーナデットは相変わらずため息混じりに答えた。ルーファスはバーナデットの肩から手を離し、座席に深く座り直す。
「この馬車はルーファス様が乗っていた馬車です。向かっている場所はレヴィル侯爵家の所有する別荘。御者の死体はありません」
「は、はあ? なんだ、どういうことだ?」
微かにルーファスの体が前のめりになった。すかさずバーナデットは両手を前に出して、止まるように、と訴える。
「馬車の件から種明かしをいたします。馬車は燃やしておりません。賊をさっさと追い払うために、幻影魔法を使って燃やしているように見せただけです」
そう言われてみれば、あんなに炎を上げて燃えている割に焦げ臭さは感じなかったな、とルーファスは思った。
「次に御者の件ですが、彼は死んでおりません。殺されたように演技をしていただけです」
「ということは、お前の関係者か?」
「はい。名をミゲルと言います。今、この馬車を操っているのも彼です」
「だが、御者は城で雇っている者だったはずだ。いつ御者が入れ替わった?」
「途中で入れ替わった訳ではありません。最初からです。変身魔法にて御者に成り代わったミゲルが、城を出た時よりずっと馬車を操っておりました」
ルーファスはバーナデットの言葉に深く頷いた。
レヴィル侯爵家は、昔より変身魔法や魔法薬の調合に長けている家系だった。王国の治安が今よりも荒れていた頃、王家の者が狙われることは多々あった。その際には、レヴィル侯爵家の作った魔法薬を使用して家臣の姿を変え、身代わりや囮を用意していたこともあるという。
成り代わる人間には演技力が必要になるが、バーナデット自ら送り込んだ人物だ。その点においても問題はなかったのだろう。
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