第15話 デバネズミの出産秘話 1
───あっ。今、受精したかもしれない。
普通、多くの人が一生に一度呟くか呟かない言葉を口にしたのは二十八年前。
私は下腹部をさすりながら、小さくガッツポーズをした。(本音は少し複雑)
二十七歳未婚の私がなぜガッツポーズをしたのか? 天然おバカな金造の娘である。眉をひそめたそこの貴方、理由を聞きたいですか?
さらに眉間にシワが寄りますが、いいですか? 関心のある方だけお付き合い下さい。
さかのぼる事、数週間前。付き合って八ヶ月経った男性、たけし(仮名)と喧嘩した。紅葉を見に行こうよデートの最中だった。
「そんなに待てないよ」
「だって、まだやりたい事があるんだもん」
春にお付き合いを始め、夏にプロポーズをされた私。お互いの両親にも結婚の意向を伝えていた。たけしはすでに半年後には夫婦になっていると思ったに違いない。
「ごめん。事情が変わったの。あと三年くらい待って欲しい」
この三年という長さにたけしが怒ったのである。私だって付き合い始めた頃はね、一年以内に結婚しようと思ったわ。けど、事情が変わったの。
「それは結婚してからじゃ出来ないの?」
「出来るかもしれないけど、家事と両立が……。子どもが出来たらもっと難しくなると思う。夢を諦めたくないの。あと三年くらい集中したい」
他のエッセイに書いたことがあるが、ちょうどこの頃、公募で送った原稿が運良くある出版社の目に留まり、書籍化の話となっていた。(詳しくは別エッセイ。割愛)
作家になりたかった。どうしても自分の本が本屋に並ぶのを見たかった。結婚なんてどうでも良くなってしまった。
「おばあちゃんにひ孫の顔を見せてやりたい。もう長くないと思う」
たけしはおばあちゃんの話まで持ち出し、私の感情に訴えてきた。さらに自分の身体の不調を訴え子供を作るのは今年じゃなきゃダメだという。
「じゃ、いい事考えた! 私とあなたの誕生日が8月。8月生まれの子どもが出来たら結婚しよう。出来なければ延ばしましょう」
「え!?……」
たけしは怒るというより驚いて言葉を失ってしまった。
もう一度いう。金造の娘である。幼い頃からパチンコ屋に連れて行かれたギャンブラー、1日で給料の半分をパチスロで使ってしまったデバネズミである。
人生の大事な選択を一か八かで決定しようとしていた。
「分かった? この話は保留します。計算してまた電話するね」
「計算? 何の?」
何がなんだか分からないたけし。私に言いくるめられてデートを終えた。
私はこの時密かな計画があった。私は5日、たけしは7日生まれ。作るなら6日狙いがいい。
家に送って貰った私はすぐに計算をする。8月6日を予定日にするためにはいつ作ればいいのか? 文字通り一発勝負である。
───日は決まった。決戦の日である。
「もう一度確認するね。8月生まれの子どもができたら結婚、出来なければ
お互い独身時代にやり残したことがないようにして、結婚は延期ね」
「分かった!」
しつこいが文字通り一発勝負である。
結果が分かるのは最低でも二週間後。
私は運を天に任せて過ごすつもりでいた。
しかし、決戦の日の夜、冒頭の言葉を呟いたのである。下腹部に異変を感じ、かーって熱くなったのである。排卵痛とは違った痛みである。たぶん気のせいかと思われるかもしれないが、動物的本能で感じとった変態デバネズミ。
数週間後吐き気がした。妊娠検査薬購入。出来てる。
たけしに電話する。電話口で大喜びのたけし。籍も入れてない。結婚式の話もしていないのに、子どもが出来たという事実を聞いて大喜びしていた。
そのたけしの声を聞いて、私は自分の夢を潔く諦めた。今はその時ではないと。
一か月間、忙しかった。新居を探し、引っ越しをし、籍を入れて、結婚式の準備をする。
───ギャンブル婚。私が名付けた結婚の形。
母親は慌てていたが、父親は笑っていた。さすがノリで生きてきた金造である。
産科に行った。何と、予定日は狙った8月6日だ。777の気分。やった!
試合に負けて勝負に勝った。いや違う。試合に勝って勝負に負けた。
いずれにしても、たけしの結婚願望が叶い、待望の赤ちゃんが出来たのだから、勝ち負けで言ってはいけない。私も心からガッツポーズをした!
私は気持ちを切り替えて、8月6日に思いを集中した。
次回、初産ってこんなに遅くなるんですか? 聞いてないよ!
乞うご期待。
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