第14話 誕生秘話 デバネズミ編 2
「あら、赤ちゃんがいない」
三日三晩の陣痛に耐え、仮死状態だった赤子に初乳を与えたミヨ。疲労困憊の中、安心して眠りについた翌日、悲劇は起きた。
隣で寝ているはずの赤子がいないのだ。ミヨは嫌な予感がしつつ金造を呼ぶ。六畳二間の狭いアパートである。寝床から夫を呼ぶ。呼ぶ、よぶ。
───返事がない。
ミヨは重い体を起こし、トイレを覗く。いない。金造も赤子もいない。
もしかして金造が赤子を外に連れ出した? 日曜日の午前中である。仕事が休みの金造。我が子誕生を喜んでいた金造は首の座らない赤子を、まさか。
ミヨは顔面蒼白になりながら玄関に向かった。きっと玄関先であやしている。いやいて欲しいと願いながら。
そこに金造と赤子の姿はなかった。ミヨはパニックである。自分が寝ている間に連れ去られた赤子。(母はこの時、生きた心地がしなかったという)
すぐ戻ることを願って、ミヨは寝床にへなへなと座り込む。きっと金造はツネ婆さんの所にお礼に行ったんだろう。赤子を見せに行ったんだろう。ミヨはどうすることも出来ずにおろおろ。
金造、バカなのかな? 昭和四十二年八月のある日曜日。今ほど猛暑ではないとはいえ、当日の天気を調べると、曇り☁️最高気温三十一度である。
たとえ徒歩二分の実家でも赤子を外気にさらすなんてもってのほかである。この世に生まれて二十四時間すら経っていない私。金造のやらかしでまた生命の危機を迎えていた。
おろおろしていると、玄関口で聞き覚えのある声がした。
「ミヨ、調子はどうだ?」ツネ婆さんがミヨの様子を見に来たのである。
「大丈夫です。……それより赤ちゃんは?」
てっきりツネ婆さんと金造と赤子が一緒だと思っていたミヨは手を差し出す。
「はへっ?」ツネ婆さんはなんのことか分からず、変な声を出して部屋中を見渡す。自分の息子と孫の姿がないことに気付くツネ婆さん。
「金造さんが赤ちゃんを連れてお母さんの所に行ったんじゃ?」
「……うちには来てない」
ツネ婆さんも顔面蒼白。金造どこ行ったー! 秋田生まれのツネ婆さん、きっとこの時ナマハゲと化していたに違いない。生まれたての赤子を外に連れ出すとは言語道断。戻って来たらどうしてくれよう、金造。
半泣きのミヨを慰めながら、ツネ婆さんは怒り心頭でアホ金造の帰宅を待つ。
一方、金造は父親になった喜びを誰かに伝えたくて、ミヨが眠っている間に赤子を連れ出していた。
「やっと、俺もオヤジになった。これが子供だ」
「おめでとうね。で、いつ生まれたの?」
「昨晩だ。で、これはおっかさ(嫁のミヨの事)に噛まれた指さ」
「😱!」
金造バカなのかな? しわくちゃの赤子と歯形のついた指を見せて武勇伝を語る。このやりとりを数回。近所に住む兄宅と友達の家を回ったらしい。
「昨日生まれた赤ちゃんを外に出したらダメ! お母さんに知られる前に帰れ」
兄嫁に怒られて、金造は家に戻ることになった。時間にして一時間。背中叩きに次いで、私は炎天下連れ回されるという洗礼を受けた。何の罰ゲーム?
金造はミヨの横にしれっと赤子を戻そうと思った。そうは問屋が卸さない。ミヨの横には自分の母親ツネが。
「お前はバカかー! %¥#@#¥💢赤ん坊を連れ出すバカ💢%#¥@💢!!」
ナマハゲと化したツネ婆さんは金造をどやす。(秋田弁なので何を言っていたかミヨは聞き取れなかったという)
明治生まれのツネ婆さん。蛇を見つけると尻尾をつかみ、頭を地面に叩きつけて殺していたツネ婆さん。同じテンションで金造をどやす。怒鳴る。どやす。
二十一才の新米父親、金造はツネに怒られて凹む。ミヨに詫びる。いや、一番の被害者は赤子の私だと思うのだ。私にも謝れ金造。言い方。
ミヨは金造の腕から赤子を奪い取り、おっぱい注入。
炎天下、雑菌だらけの外気で一時間。脱水症状にならなくてよかったよ。
授乳中のミヨ。金造は反省したのか黙っていたという。しかし、ツネ婆さんが帰るとドヤ顔でこう言ったそうだ。
「名前を決めた! 俺の名前に『美』を付けて「◯美」いいだろ!」
相談も無し、母親の了解も無しに即決決め。私にとってこれが一番の悲劇となった。
赤子の生命力って強いんだと身をもって知ることができたのは不幸中の幸いです。──棒読み
余談 妹の名前も金造が勝手に決めました。好きな女優さんと姉の名前から一字貰ったそうです。弟の名前も決めようとした矢先、母親が全力阻止。
不貞腐れた金造。弟の誕生日を自分の誕生日と一緒にするよう産婆に懇願。
誕生日改竄は昭和あるあるですね。
やらかし金造のお陰で強くたくましく育ったデバネズミ。
次回、金造の
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