第13話 誕生秘話 デバネズミ編 1
昭和四十二年八月の土曜日。父金造(仮名)と母ミヨ(仮名)の長子として産声をあげた。いやあげそこなったデバネズミの誕生秘話。
「ぎゃっ。何これ、毛が毛が出てる!」
十九才のミヨがこの世の者とは思えぬ叫び声を上げたのは、土曜日の夕方だった。陣痛が起きたり、止まったり、起きたり止まったりの三日間。へとへとになっていたミヨ。助産院に駆け込み帰らされ、駆け込み帰らされたその日の出来事である。
「あっ、頭が出てる〜!」股間に重みを感じたミヨは股を開き、恐る恐る手を股に突っ込む。自分の毛より柔らかい毛が触れて叫ぶ。早く助産院に行かなくては赤子が産まれる。ミヨはパニックになりながら金造に叫ぶ。
「早く、早く助産院に連れて行って。ダメー! もう出る。出る出る」
「待ってろ! お前はここにいろ。今、お産婆さんを連れてくる」
ミヨが動けない状態だとみた金造は、産婆を連れてきた方が早いと判断し家を飛び出した。
一家に一台電話などない時代である。走って十分くらいの助産院。金造は何で帰らせたとお怒りモードで助産院に走ったに違いない。
───昔の人は畑で子供を産んだ。金造の母親、ツネ(仮名)の口癖を聞いていた金造は赤子はポトンと産み落とすものだと思っていたのだろう。
もうすぐ俺の子がポトンと落ちる。そのあとの処置を産婆さんにやってもらわねばと走る。走る。走る。産婆さん。産婆さん。産婆。
連れてきたのは、産婆ではなく自分の母親だった悲劇。私の祖母となるツネだ。ばばあ違いだが仕方ない。金造も焦っていたのだろう。徒歩二分の実家のばばあに助けを求めるのは仕方ない。言い方。
陣痛が来ていた事を知っていたツネはそろそろかと出陣。
「ミヨ、ワシが来たでイキめ。取り上げてやるでイキめ」
ツネはミヨの股間から出てくる頭に手をかけた。金造は自分にもできることはないか考えたのだろう。いきむミヨに指二本を咥えさせる。
「舌を切ったら大変だでこれを噛め」
ミヨは消毒されていないツネの手で赤子の頭をつかまれ。金造のいつ洗ったか分からない指を突っ込まれてイキむ。イキム。いきむ。
「でっ、出たー!」祖母ツネが感嘆の声をあげる。よく頑張ったミヨ。取り上げた赤子をミヨに見せようとした瞬間、三人が違和感を感じる。
産声を上げない。聞こえない。母親の股間でトラブル発生だったのか、私は仮死状態だった。
「産婆はまだか! どうすればいい」金造はパニックの中、ツネを見る。
パン、パン。パーン。ツネは赤子の足を持ち逆さまに吊り上げ、背中をぶっ叩く。
「泣け、泣け、泣けー」とばかりにぶっ叩く。音の出なくなったテレビは叩くと直るという昭和な考えを赤子に適用する明治生まれのばばあ。
───オギャー。泣いた。赤子が泣いた。私は仮死状態からの生還。背中叩きという拷問まがいの儀式と共に私はこの世に生を受けたのである。
ある意味、祖母は命の恩人だ。駆けつけた産婆さんは素人のツネを労いながら、母親と赤子の処置をして帰宅した。
母親ミヨは三日間の陣痛とトラブルお産で疲労困憊で眠りにおちた。金造は歯形の付いた指をさすりながら、父親になった喜びを噛みしめたに違いない。
その証拠に喜びすぎた翌日、父親はとんでもないことをしでかした。
次回、金造がツネにめちゃくちゃ怒鳴られるの巻。乞うご期待!
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