第11話 教官

 次の日、俺はいつも通りに仕事をしていた。

今日は敵艦が辺りを渡航しているのをレーダーで捉えたこともあり、少々慌ただしくなった。

しかし、かなり接近した場所で捉えたわけではないため、警戒までにとどまった。

 とりあえずは一安心だが、敵はいつどこにいるか分からない。

引き続き警戒するようにと、ティナから指示を受けた。


「――――ふう、これで終わりか。後はティナに出すだけだな」


 今日も一人事務仕事をして、ようやく終わった。

今日は慌ただしかったこともあって、日報に記す量もいつもより多めだ。

まあ、この後はティナと2人きりになるわけだし、楽しみなんだけどな。


「おう、久しぶりだな」


「――――!」


 いきなり出口から声が聞こえ、俺はその方向を見た。

そこには久しい顔があった。


「シャ、シャクイ教官!? お久しぶりです!」


「久しぶりだなヴァル、元気にしてたか?」


「はい、お陰様で……」


 肩幅が大きく、がっつりとした筋肉の持ち主、そして、俺が補佐官になるための講習で教えてくれた教官、リアム・シャクイ教官だ。

通信に所属しており、普段は通信機器や暗号解読などを専門に業務を遂行している。

 俺が補佐官になるための講習を受けている時、俺の教官になっていた理由は、ティナの次に頭が良いからだ。

艦長になるだけあって、ティナは非常に頭が良い。

高校は難関の進学校に入学していたらしい。

 そして、俺の目の前にいる教官もかなり頭が良い。

補佐官も頭が良くないとなれない役職のため、教官となる人も頭が良い人じゃないと教えられないのだ。


「――――随分と慣れたようだな。日報の内容も完璧じゃないか」


「ありがとうございます。これも教官のお陰です」


「そんなお世辞は良いんだ。俺はヴァルがこうして補佐官としてしっかり遂行しているところを見れるだけでも嬉しいんだ……」


 教官は俺が書いた日報を手にして見て、目を細めながらそう言った。

こんなに嬉しい言葉を頂けるなんて思ってもいなかった。


「そういえば、何故教官はここへ?」


「仕事が終わったと思ったら、急に通信機器のトラブルが起きてな。それを直してたんだ」


「えっ、要請くれても良かったんですよ?」


「いや、思ったよりもひどくなかったし、1人で直せると分かったからヴァルを呼ばなかったんだ。基本1人で出来れば、俺は1人でやるって決めてるからな」


「そうだったんですか……。さすが教官ですね。シャクイ教官は何でもできますよね。本当に羨ましいです」


「それを言ったらお前のほうが俺よりすごいと思うけどな……。この戦艦の全部の仕事ができるんだろ? それが凄すぎるんだよな……。もっと自分を褒めても良いと思うぞ」


「教官からそんな言葉をいただけるなんて、嬉しいです」


 俺は教官にお礼を言った。

教官は手を横に振りながら、「だからそこまでしなくても良いんだって」と言ったが、俺は本気でシャクイにお礼をしたかったため、言うことを聞かなかった。


「――――なあヴァル」


「はい」


「俺と話す時はもうちょっと気楽に話せ。俺はヴァルとはあまり上下関係を激しくさせたくないんだ。俺よりヴァルのほうが頑張っているし、その姿には俺は頭が上がらない。俺とヴァルは先生と生徒みたいな感じだけど……ヴァルとは普通に話したいんだ」


「教官……。分かりました、今度からはもうちょっと柔らかく話しますね」


「おう、頼んだぜ」


 シャクイ教官は俺の肩を、バンバンと叩いた。

痛いけど、これは教官が励ましを表現してくれたのだと理解した。


「あ、そうだ……。教官」


「なんだ?」


「まだ、艦長のことは諦めていないんですか?」


「ぶっ!」


 久しぶりに会ったので、ついでにティナのことをどう思っているのか聞いてみた。

教官はそれを聞いて吹き出した。


「お前……急に何言ってるんだ……!」


 俺の質問に、教官は吹き出した。

これはもしや……。


「べ、別に俺は何とも思ってないからな!?」


 何とも思っていたようだ。

まだティナのことを諦めてはいないようだ。

すいません教官、艦長は……俺の彼女なんです。

だから、教官の願いは叶えられません……。


「――――もう良いんだ」


「は?」


「最近の艦長を見てるとな、前よりも楽しそうなんだ。ヴァレンティナは昔から優しいやつだけど、今よりももっと刺々しかったな」


 それは俺でも分かる。

合格して、ここで働くようになって初めてティナを見た印象も教官と同じ考えだった。

ティナに対する憧れもあったが、今よりももっと厳しい性格だった。

 しかし、俺とティナが今の関係になってからは、あまりそういう様子は見ることはほとんどない。


「ヴァル――――お前、ヴァレンティナと付き合ってるんだろ?」


「――――!? そ、そんなわけないじゃないですか!」


「隠す必要はない。お前だって同じ時期くらいに変わっていることを、俺はすぐに感づいた」


 教官に完全に見破られていた。

いや、洞察力に優れている教官なら見破られるのも当然か……。


「――――すいません教官。実は……2年前から艦長と交際しているんです。艦内の風潮を気にしていることもあって、乗組員全員には内緒で……」


 正直に言わざるを得なかった。

やっぱり、教官には嘘をつくことは出来ない。

今の俺を、補佐官の俺を作ってくれた偉大な人だからだ。


「――――そうか……。ま、俺よりはお前のほうが良いだろうな。俺よりはしっかりしているし、ヴァレンティナもあの様子なら幸せそうだし。俺は2人の幸せを願うよ」


「教官……」


 教官は一瞬寂しそうな顔をするが、すぐに素の表情に戻り、俺を真っ直ぐ見る。


「俺は応援するが、1つだけ忠告しておく」


「――――?」


「それはな……。絶対にヴァレンティナを悲しい思いにさせるんじゃないぞ」


「――――!」


 教官は俺の目から視線を全く外さず、真剣な眼差しでそう言った。


「俺はあいつのことが好きだった。だが、ヴァルに先を越されてしまった。俺は男の賭けに負けたんだ。だから……俺の想いをお前に託す! 良いか? 絶対にヴァレンティナを悲しい思いにさせるんじゃねえぞ!」


「――――分かりました。教官の想いをしっかりと背負って、艦長を幸せにしていきます!」


 俺は胸に手を当て、しっかりと誓った。

教官は少し安心した表情に変わり、こくこくと頷いた。

 そのまま立ち去るのかと思っていると、教官は突然俺に思い切り顔を近づけた。

俺は驚いて、思わず顔を引いた。

教官の顔は……怪しげだった。


「あともう1つ頼みがある……」


「な、何でしょうか……?」


「――――毎日この時間に少しだけ、ヴァレンティナのこと聞かせてほしいんだ。お前しか知らないヴァレンティナのことを、ぜひ教えてほしい……!」


「――――結局は諦めてないってことですよね?」


「そんなの当たり前じゃないか」


「はあ……分かりました、1日1つだけですよ?」


「おう、助かるぜ」


 教官はグッドサインを出すと、俺に手を振りながら帰っていってしまった。

はあ……諦めの悪い人なんだな教官は……。

まあ、見た目がそんな感じするからなあ。

 さて、日報は書き終わったし、ティナのところに行くか。


『良いか? 絶対にヴァレンティナを悲しい思いにさせるんじゃねえぞ!』


 ええ、絶対にティナを悲しい思いになんかさせませんよ教官。

ティナは……楽しそうにしているあの顔が一番似合うのだから。

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