第9話 心の変化と告白1

 艦長の手伝いを始めてから1年が経過した。

補佐官の仕事は完全に慣れてしまい、顔色1つ変えずに忙しい1日を乗り切れるようになっていた。

 艦長は相変わらず両サイドに積み上がった書類の間に挟まれながら、1人黙々と作業を続けていた。

手伝ってあげたいところだが、書類の内容の閲覧は艦長しか許されていないらしく、俺が手をつけることは出来ない。

そのため、俺は艦長がリラックスできるようにお茶を用意したりなど、お世話係のような役割を担っていた。


「――――ふう……。今日はこれで終わり!」


「お疲れ様です艦長」


「ヴァルもわざわざありがとう」


「いえ、わたしが決めたことです」


 1年が経過して変化したこと、それは艦長の態度が変わったこと。

鋭い視線と突き刺さるような声がなくなり、まるで子どもの女の子らしい声と発言が多くなった。

そして、俺のことを名前で呼ぶようになっていた。

だんだんと彼女の口調と態度が変わったことに、最初は本当に驚いたが、だんだんと慣れていった。

 恐らく、これが艦長の本当の姿なんだと思う。

歴代で初めての女性艦長に就任したが、男性がほとんどの戦艦ヴィードの乗組員に対して、威厳さは出さないといけないと決めているらしい。

特徴的である吊り目を活かし、わざと低い声と鋭い口調にしているのだそうだ。

 しかし、それをずっと続けるのはかなり疲労が溜まるため、一人の時と俺がいるときだけにしていると艦長は言っていた。


「ヴァルも座って一緒にお茶飲もう?」


「お、俺は別に良いですよ!?」


「遠慮しないで座ってちょうだい! これは艦長であるわたしの命令!」


「えー……?」


 本来は艦長の前でそんなことしてはいけない気がするんだが……。

しかし、艦長に命令と言われたら従うしかないし、仕方ないか。


「分かりました。では、お言葉に甘えて……」


 俺は艦長の隣に座った。

大きいソファーは本来艦長しか使わないため、1つしかない。

そのため、艦長の隣に座らざるを得ないのだ。


「――――ねえ、もうちょっとわたしの近くまで来てよ」


「えっ!? そ、それは出来ないです!」


「何で?」


「そ、それは……。し、失礼に当たるからです」


 艦長と一緒のところに座ること自体本当はだめなのに、艦長のすぐ隣に座るのはさらにだめだろ!

それに……!


「それはわたしが女の子だからってこと?」


「――――っ! そ、そうです……」


 そうに決まってる。

女の人と男が近くで横並びに座るなんてハードルが高すぎる!

それに、俺は今まで女の人とまともに接してこなかった男だ。

こんな綺麗な人の隣で、平気な顔をしていられる気が全くしない。


「わたしはその方が嬉しいのに……」


「えっ? 何か言いました?」


「別に何も言ってない。とにかく! わたしの隣に座って! おーねーがーいー!」


 ソファーの上で駄々をこねる子どものように、手足をバタバタして暴れる艦長。

本当に艦長なのかと疑ってしまう。


「――――分かりました! 隣に座りますんで、暴れるのをやめてください!」


「えっ、本当!?」


 見るに絶えなくなった俺は、腹をくくって艦長の傍に座ることにした。

それを伝えた途端、駄々をこねていた艦長は一瞬で上半身を起き上がらせ、眼をキラキラさせながら俺を見てくる。

 うっ……!

す、すごい期待の眼差しだ!

本当に子どもみたいだ。


「じゃ、じゃあ隣失礼します……」


 俺は頭をペコペコと下げながら、艦長のすぐ傍に座った。


「もうちょっとこっちに来てもらっても良い?」


「えっ!?」


「――――!」


「分かりました! もっと近くに来れば良いんですね!」


 艦長の要求に俺はさらに戸惑うが、艦長は頬を膨らませて今にも泣きそうな顔をした。

その表情に俺は敗北し、艦長の真横に座った。

 ――――ヤバい!

俺が、憧れの人の隣に座っている!

しかも、俺と艦長の肩と腕同士が触れてしまいそうなくらいに……!


「――――」


(――――!)


 俺は横目で艦長の顔を覗き込んだ。

するとそこには……カップを丁寧に持って、小さな口で紅茶を飲む美しくて可愛い女の人がいた。

あの時、教官に艦長に惚れていたのかと質問したら、顔を赤くして俺から逃げ去っていったのも頷けた。

 俺の心臓が急にうるさいくらいに鳴り始めた。

鼓動はどんどん早くなっていった。

これが、動悸というものなのか……?


「――――? どうしたの? ヴァルの顔すごく赤いけど」


「――――えっ?」


 艦長にそう言われ、俺は自分の手を顔に当てた。

すると、触れた手はあっという間に熱くなっていく。

そう、俺は顔を真っ赤にしてしまっていたのだ。


「熱でもあるの?」


「い、いえ! 熱はありませんから気にしないで下さい……」


 こんな顔を艦長に見られたくない!

俺は反対側を振り向いて、艦長に顔を見られないようにした。

あまりにも恥ずかしいせいで、しばらく話すことが出来なかった。

 すると、今度は肩に何かが乗っかる感覚がした。

ま、まさか……。

俺は恐る恐る艦長の方を振り向くと……。


「すう……」


「――――!?」


 俺に寄りかかり、肩に頭を乗っけて寝息を立てていた。

俺にとってはかなりの大ダメージを食らった。

今まで女性と関わりがなかったせいもあると思うが、いきなり体が触れてしまうなんて、俺には耐えられなかった。


「か、艦長! わたしの肩ではなくて寝室で寝て下さい!」


「――――」


 だめだ、艦長は爆睡していて俺の声が耳に届いていない。

起きるまでこうしていなければならないのか……。

いや、頭を支えながらソファーに寝かせてあげれば良いのか。

俺は艦長を起こさないように頭を支えてあげようとした。


「――――」


「ん……。だめ……」


「なっ……」


 俺が動こうとした瞬間、艦長は寝言を言いながら俺の制服をがっちり掴んだ。

寝ているのでただ優しく掴んでいると思い、手を外そうとしたが、なにせ俺は女性に免疫が全く無い。

よって、艦長の手に触れることも出来ず……。


(ま、まじか……。艦長が起きるまでずっとこの状態か……)


 もう諦めるしかなかった。

か、顔がものすごく熱い……!

体も熱くなり、蒸発してしまいそうだ……!

 結局、艦長が起きるまでこの状態を保たないといけない羽目になってしまったが、時間が経つにつれて、だんだんと体の火照りも収まってきた。

そして、何となく艦長の顔を覗いた。


「――――本当に綺麗な人だな……」


 俺は思わず独り言を言ってしまい、口を抑えた。

聞かれたらしまったらと思い、艦長の顔を見たが、まだ夢の中だった。

危ない……。

心を落ち着かせ、俺は再度艦長の顔を観察した。


(まつ毛長いな)


 艦長の特徴的な吊り目には合わない、長いまつげと輪郭がはっきりした二重まぶた。

そして、小さな顔と少しだけ開いた小さな口。

これだけでも、艦長は実はかなりの美人だということと、13、14歳くらいの幼い見た目なのだと分かる。

 そして、これは男の性のため仕方ないとしか言いようがないが、さらに下へと視線を向けた。


(――――小さい)


 そう、艦長は何もかもが小さかった。

胸、足も何もかもが小さい。

まあ、胸に関しては人それぞれの価値観もあるので評価は出来ないとして……足は本当に小さい。

試しに俺と艦長の足を並べて比べてみると、明らかに小さいことが分かる。

ちなみに俺の足のサイズは27cm。

だが艦長はというと……おそらく24cmくらいなのではないだろうか?

 そして極め付きが、


(めちゃくちゃ細いな!)


 女性乗組員は、男性乗組員とさほど変わらない制服を着用している。

制服も、制帽も全く変わらない。

ただ、男性と女性は体型が違うので、そこはちゃんとメンズとレディースがある。

 寝ているうちに制服が捲れ上がってしまっているところから、艦長の白い肌の腕や脚が露わになってしまっている。


「ほ、本当に細い……。折れてしまいそうなくらいに……」


 俺は思わず独り言をボソッと言ってしまいながら見ていた。

きめ細かい白い肌に、折れてしまいそうなくらい細い手首。

そして、くるぶしから脚に向かってちょっとだけ見えるが、それも細かった。

一通り見た俺は、ある結論に至った。


(艦長は……美少女だ!)


 ――――もの凄い簡潔な感想だが、確かに艦長は美人、いや、美少女だった。

俺の肩に頭を乗せて、すやすやと心地良さそうに寝ている艦長がやけに可愛く見えて……って、何を考えているんだ俺は!

それは艦長に失礼すぎだ!

 しかし、俺はもう一度艦長を見ると、いつもとは何か違う感情が現れる。

ああ、そうか。

俺は艦長に興味を持ち始めているのか。

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