第6話 補佐官と艦長が出会ったばかりの時の話1

 風呂から上がり、ティナを甘やかしていた時だった。

ティナは俺の方を見る。


「今日で2年経ったね」


「そうだな……。何だかあっという間だな」


「そうね。わたしはヴァルと一緒に居られて嬉しい」


「ああ、俺もティナと居られて嬉しい」


 そう言って、俺はティナの頭を撫でてあげた。

ティナは嬉しそうにしながら、猫のように俺に頬ずりをした。


「あの出会いから、わたしたちは始まったもんね」


「そうだな……。そこから、まさかティナとこんな関係になるとは思ってもいなかったな……」


 せっかくだから、ここからみんなに少し過去の話をしよう。

俺たちが出会ったばかりの頃の話を。












◇◇◇











 今から5年前の話になる。

俺は普通の学生で、もう少しで卒業する時期だった。

しかし、自分に合うような仕事はなかなか見つからないまま、気づけば卒業間近になってしまっていた。

生活していくには、就職することは絶対条件だ。

だから、何としても就職先を探さなければならなかった。

俺はかなり焦っていた。

 そんな時、地元の掲示板で貼られていたビラが目に入った。

読んでみると、俺が住んでいる街にある港に戦艦ヴィードが停泊と艦内の特別見学が開催されるという内容だった。

 戦艦ヴィードの名前はよく知っていた。

というのも、俺は幼少期、海が好きだったが特に船が好きだった。

父親が釣り好きということもあって、休日は一緒に魚釣りをした。

その時に、正面から漁船が通る過ぎていくのをよく見ていたこともあって、自然と船に興味を持ち始めたのが、戦艦ヴィードを知るきっかけだった。


「戦艦か……」


 父親の死もあって、しばらく海を見ていなかったが、幼少期の時になりたいと思った将来の夢を思い出し、俺は戦艦ヴィードの見学に訪れることにした。

 そして1週間後、戦艦ヴィードは港にやってきた。

俺が港についたときには、すでに見学をしようと訪れてきた人達が大勢いた。

 俺は立て看板を見ながら、戦艦ヴィードの入り口に向かった。

長蛇の列が、戦艦ヴィードの入り口まで続いている。

そして、その隣には見学を終えた沢山の人が戦艦ヴィードから降りている。


「気をつけて渡ってください! 気をつけて渡ってください!」


 乗組員たちに誘導されながら、俺は橋を渡り、中に入った。

そこに広がっていた景色は……上を見上げるほど高い壁と広すぎる空間、そして見学者を乗せた昇降機が上へと上っていく。

 俺は立ち尽くしてしまった。

俺の心に深く突き刺さるような感じがして、体が小刻みに震えていた。

そうだ……俺はこれなんだ、ここが俺が目指したかったものなのではと思った。


「ここに来たのは初めてですか?」


「――――! は、はい!」


 立ち尽くしている俺に話しかけてきたのは、1人の女性の乗組員だった。

吊り目で青くて長い髪が特徴的な人だった。

胸には多くのバッチがついていることから、かなり位の高い人だと分かった。


「ものすごく大きいですよね。戦艦ヴィードは世界で最強の戦艦だと言われているんですよ」


「戦艦ヴィードは俺が幼い頃から知っていました。昔から海と船が好きでしたから」


「そうなんですね!」


 女性の乗組員は手を合わせて、青い眼を輝かせていた。

恐らく、この人も俺と同じく船が好きで、憧れでここに就いたのだろう。

 色々話をしながら、戦艦ヴィードの施設の説明を受けた。

その時も、女性の乗組員はずっと目を輝かせながら説明していた。

本当にこの船が好きなんだと、直感だけでもすぐに分かる。


(俺もこの人のようになれるのだろうか……)


 見学をし終えた俺は、戦艦ヴィードから出た時からずっとそう考えていた。

頭の中で、あの人の顔が離れない。

俺と違って、夢を抱いて仕事をしているのが羨ましかった。

いつの間にか、あの女性の乗組員が俺にとって憧れの存在へと変わっていった。


「――――」


 俺は手を強く握った。

小さい頃はとにかく海が好きだった。

父親の死があった海を見ることが辛かっただけで、海が好きなのは今でも変わらず、そして、船が一番好きだった。

これこそが、俺が胸の中で埋もれ続けていた夢なのではないか!


「決めた……!」











◇◇◇











 それから、俺は勉強をしまくった。

勉強は出来た方でも、船の知識は完全に覚えているとは限らない。

長い間海から離れていた俺は、一から船について覚え直した。

 実はあの日の次の日、俺はもう一回戦艦ヴィードの見学に行き、就職勧誘のコーナーで募集中の仕事を聞いてきたのだ。

乗組員の説明では、補佐官がいなくなってしまったそうだ。

先日まで1人いたらしいが、定年で退職したらしい。

何とかして人材は集めたいが、補佐官は全ての仕事を覚えなければならず、仕事量も他の役職と比べ物にならないくらいてんてこ舞いらしい。

ということは、高い知識量を求められ、最も過酷な役職なのだ。


「――――っ!」


 補佐官の試験があるのは6月の初め。

卒業間近だった俺は、時間がなくて追い詰められていた。

まさに崖っぷちだった。

それでも俺は夢を叶えるために、朝早くから勉強して、夜遅くまで机に向かっていた。

 そして、試験当日。

補佐官の試験を受ける受験者専用の会場へと案内された。

受験者は30人ほどだが、補佐官は狭き門。

全員落とされることなんてざらにある。


「それでは試験開始してください」


 遂に始まった。

問題用紙を開くと、やはり難易度は高い。

普通に解こうとすれば、何が何だかさっぱり分からない。

しかし、この仕事に入るために、戦艦ヴィードに乗るために、俺はこの日まで準備を整えてきた。

気持ちの負けずに、自信を持って試験に望んだ。












◇◇◇










 2ヶ月後、遂に合否通知が届く日が来た。

試験はこれまでに見たことがないくらい難しかったものの、手応えはあった。

十分に力は発揮できただろう。

 合否は郵送で送られる。

そわそわしていた俺だが、それよりももっとそわそわしていたのは母親だった。

学校を卒業し、寮から帰ってきた俺は実家に戻っていた。

母親には補佐官の試験を受けると伝えていたため、勉強をしている時も、いつも応援してくれていた。

母親には喜ぶ知らせを聞かせてあげたい。


「すいませーん! 郵便でーす!」


 玄関の扉のノックとともに、郵便配達員の声が聞こえた。

俺は玄関へ向かい、封筒を受け取った。

 そして、遂に開封する時が来た。

震える手を抑えながら、封をゆっくりと開けた。

恐らく、1枚の書類の表紙に、合否の結果が書かれているはずだ。


「――――良い?」


「――――ええ」


 俺も母親もゴクリと唾を飲み込むと、俺は封筒の中から恐る恐る書類を引っ張りだした。

封筒は表を下にしているため、合否の結果はまだ分からない。

 そして、書類を完全に封筒の中から取りだすと、俺はバンっと書類を思い切り表にした。

そこに書かれていた言葉は……



『合格』



 と、書かれていた。


「や、やった……。受かったぞおおお!」


「おめでとうヴァル!!」


 あまりの嬉しさに思わず、俺と母親は泣きながら抱き合った。

ただでさえ、受かることすら奇跡のような難関すぎる試験を合格したのだから、泣くぐらい大喜びしても良いだろう。

 これで、俺の夢は叶った。

あとは戦艦ヴィードで、俺が今まで蓄えてきた船のあらゆる知識を思う存分に発揮すれば良い。

俺はこれからが楽しみすぎて仕方がなかった。











◇◇◇










 3ヶ月が経過した。

俺は今日から遂に、戦艦ヴィードで補佐官としてスタートする。

戦艦ヴィードで、新たに仲間入りした新人たちが20人ほどいた。

やはり、一番役職が低くても敷居が高いみたいだ。

噂通り、戦艦ヴィードという船に乗る人達は皆エリート、まさにエリート集団だった。


「――――では次に、新しい艦長の紹介をします」


 ん?

艦長が新しい人になるなんて耳にしてないぞ?

サプライズ登場というやつなのだろうか?

 そんなことを考えていると横から、身長が小さくて立派な制服を着た人が現れた。

この人が新しく艦長に就任した人なのだろうが、見た目からしてどう見ても女性だった。

艦長が女性だなんて、なかなか珍しいな。

相当な成績の持ち主なのだろう。

 そして、新人が並ぶ隊列の前に立った。


「初めまして。まず、乗組員になれた者たち、おめでとう。これからは厳しい修行がある。皆気を引き締めるように。そして、わたしは新たに艦長となった、ヴァレンティナ・ジャミラと申す。どうぞよろしく」


 そして、艦長は制帽を外して頭を下げた。


(えっ……?)


 艦長が頭を上げた瞬間、俺は思わず驚いてしまった。

青くて長い、美しい髪と大きな瞳。

そして、最大の特徴である吊り目は、俺が初めて戦艦ヴィードの中に入った時に声をかけてくれた、あの女性乗組員だったのだ!

まさか、この人が艦長になるとは……。

やはり、この人はかなりの実績の持ち主なのだと感じた。

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