似て異なる二人の話
「やあ、クロ今日も奇麗な黄金の翼だね」
そういって声をかけてきたのは、この空の国では珍しく翼をもたないシロでした。
「ありがとう、シロ」
シロは元々翼をもって生まれそうですが、わけがあって少し前に取ってしまったのだといいます。その証拠に彼の背中には翼をもぎ取った大きな傷跡が残っているのです。
「……翼のあるシロはきっと美しかったに違いないわ。何色の翼だったのかしら」
彼は笑って答えてくれません。
私たちの翼には力が込められているのです。生まれ持ってくることから私たちはそれをギフトと呼んでいます。
色によって、人によって、翼に込められている力は異なります。
私の翼の力は「翼の譲渡」なのです。それを知ったら彼はどういう反応をするのでしょう。私の力ならあなたに翼を与えることができるの。代わりに私のものがなくなるけれど、それでもあなたのためだったら私は自分のをなくしても構わないわ。翼を持つあなたの姿が見られるのなら。
「翼のあるあなたを見てみたいわ」
「私の黄金色はあなたにもきっと似合うのでしょうね」
ああダメ。踏み込みすぎてしまったわ。入ってはいけないところに入ってしまった。
私は飛ぶ。彼の視界に入らないところまで。飛ぶ飛ぶ飛ぶ。
怒らせてしまった。どうしよう。どうしよう。見たことのない顔をしていたわ。
わかっていたはずなのに。彼が翼についての話を避けていることに。
ああ、もう翼の生えたあなたの姿なんて想像したりしないから。
だから許して。あなたの隣にいさせて。居場所を頂戴。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
*
「翼のあるあなたを見てみたいわ」
「私の黄金色はあなたにもきっと似合うのでしょうね」
わかっていたはずだった。こうなることも予想がついていたはずだった。だけど我慢できなかった。
思わず口から飛び出た「失せろ」の言葉。
ああいって彼女を遠ざけなければ、僕はきっとあの子をもっと傷つけてしまっていたかもしれない。
でも、その一言ですら傷つけてしまった。罪悪感が襲ってくる。涙に潤んだ彼女の姿が、いるけどもういないあの子と重なって見える。
クロは僕に言った。「私、翼を与えることができるの」と一言。
知っていた。誰よりもよく知っていた。黄金の翼のギフトは「代償を支払い翼を譲渡する」というものだということを。
君は不思議には思わなかったのだろうか。どうして名前が「クロ」なのか。
「君のその黄金色は本来僕の色だったんだよ」
そういったら彼女はどんな反応をしたのだろう。
*
彼女は生まれ持って誰も見たことのないような黒い翼をもって生まれた。
濡れ羽色というらしいその色を空の国の人々は忌避していた。穢れの象徴であるその色は不幸を呼ぶのだと皆口々に噂した。
彼女はいつも人から避けられていた。いつも暗い顔をしていた彼女は彼女自身が穢れであるかのように扱われていた。
彼女の家族もまた彼女を疎んだ。
かつて僕たちが隠れて会っていた場所があった。僕は噂なんてどうでもよかった。ただ彼女とともにありたかった。
「消えたい」
彼女がぽつりとつぶやく。
彼女の消失願望が強いことは昔から知っていた。しかし、声に出して言われたのは初めてだった。彼女にはとうに限界が来ていたことを私はようやくその一言で気づいたのだった。
もはや涙すら出ないようだった。もう枯れてしまったのかもしれない。
手を伸ばせば触れられるけれど、触れてしまえばぽきりと折れてしまいそうだった。
彼女が悪いわけではない。彼女が悪いわけではないのだ。彼女の優しさを僕らが裏切ったのだ。
翼の色で決められた能力がある。
黒という色が忌避されるのはこの世の穢れをその一身に受け止めた色だから。
僕らの穢れを身にまとった色だから。
誰より優しいから彼女は自分が傷つくのを厭わず、僕らの穢れを受け止め続けた。
すべては翼がなければよかったこと。ケガレタイロでなければよかっただけのこと。彼女が優しさを捨ててしまえばよかっただけのこと。ただそれだけの事だった。
誰よりも優しい彼女を失わないために僕は黄金の翼を使った。
「記憶と引き換えに羽の色が変わるならどうする」
彼女は悩みもせず、間髪を入れずに答えた。
「記憶も消せて羽の色が変わるならそれ以上の望みはないわ」
どんな色が似合うのか、色を選ぶことはできないけれど、僕の黄金色はきっと君にも似合うだろう。
彼女とはこれでお別れだ。僕が彼女を生まれ変わらせる。今度会ったときは屈託のない顔で笑ってくれるだろうか。また友達になってくれるだろうか。
さようなら。僕の親友。
僕は君に翼を移し替えるために大きな刃物を背中に当て、震える手で翼を切り落とした。
*
あるところに背中に美しい翼をもって生まれる種族がありました。彼らは空の国で平和に暮らしておりました。
ある日のことです。同じ日、同じ時間に生まれた赤子がおりました。一人は美しい黄金の翼をもった男の子でした。名前をシロといいました。もう一人は濡れ羽色の翼をもった女の子でした。名前をクロといいました。
黒い翼はこの世の穢れを集めた色として忌避されていました。クロという名の少女も例外ではありません。
世間も家族でさえも敵だった彼女は、しかし独りぼっちではありませんでした。彼女の隣にはいつもシロがおりました。
クロは翼と記憶を捨てました。クロはもうこの世にはいません。
シロは翼をなくしました。彼のクロはもういないけれど、彼はもう一度クロと友達になりました。
彼女は黄金色の美しい翼をもつ女の子でした。屈託のない笑顔で笑う女の子でした。
前のクロのことはもう誰も覚えていません。シロ以外の誰の記憶からも消えてしまいました。
シロだけが覚えている秘密の友達。それがクロのことでした。
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