第4話
はっと目を覚ますと、痛いほどに部屋がまぶしかったため、思わず顔をしかめてしまった。
「……うわ、まぶし」
部屋のカーテンを閉め忘れたかなとぼんやり思いつつ、体を起こそうとするが、動かない。金縛りか? いや、こんな真昼間の明るい時間帯にわざわざ霊なんぞ出てこないだろう。わけがわからない。
「おや、お目覚めかい?」
突然、顔をのぞき込んでくるやつがいた。白衣を着てニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべている男であった。
寝起きのぼけたままの頭と、体を動かせないこと、そして突然視界いっぱいに現れた謎の男。混乱しすぎて言葉が出てこない。
男はそんな旅人の様子など気にもとめずに話し始めた。
「この度は、どうもありがとう。旅人さんのおかげで、失敗作の割り出しに成功したよ。長い間、頭痛の種だった失敗作どもを一斉に粛清することができて、本当に良かった。まさかあんなところに巣くっていたとは。旅人さんがあそこにいてくれたから場所の特定に成功したんだよ。……え、なんで居場所が分かったのかって? 君が入国時に渡したブレスレットがあるでしょう。あれ、追跡機能が付いているんだ」
聞いてもいないことをべらべらと喋る男に、旅人は少しづつ混乱が解けていく。しかし、失敗作とはなんだ。いやな予感がしてたまらない。
「ああ、君が泊まっていた宿の二体も無事、処分対象として回収できたよ」
しょぶん、たいしょう……?
「まったく、ひどい失敗作もあったものだよ。一番重要な笑顔の機能がはたらいていないなんて。……まあ最近は資源枯渇も怪しくなってきたから修理することになるんだろうけどさ」
その後もしばらく男の愚痴やらなにやら話が続いた。旅人は茫然としていた。
プシュー
空気の抜けるような音がするとぞろぞろと白衣を着た人々が入ってきた。皆同じように笑みをたたえて。
ふと、先頭に立っている少女に見覚えがあることに気が付いた。
その少女はあの無表情が印象的なあの子だった。その子が今は笑顔を浮かべている。笑顔なのに悲しそうに見えてくる。
薬を投与しに来た。というと少女は注射器を旅人に刺した。
少女が生きていてくれたことに安心し、周りを見る余裕が出てきた旅人はある違和感の正体に気が付いてしまった。
旅人がこの国に入国してからずっと抱いていた違和感の正体。それはこの国の人々の表情を笑顔しか見たことがないことだった。あの無表情の子は例外だったが。それ以外の人の表情が笑顔以外思い出せないのだ。
どんな国や地域でもたいていよそ者が来たら一瞬でも訝しむものだ。ましてそれが旅人のような放浪者であればなおさら。だから新しい国へ渡るときはいつも少しばかり居心地の悪い思いをしていた。
しかし、この国ではそのての居心地の悪さを感じたことがなかった。この国は町の人から役人まで、ありとあらゆる人が常に笑顔で迎えてくれた。そう、どこへ行っても。誰とあっても。皆、同じ顔でいるのだ。計算し尽くされたかのような口の角度と、同じ細さの目をした笑顔を。
薬のおかげだろうか、少しずつ体を動かせるようになってきた。
研究者の男は他の者たちが入室してくることを気にもとめず、話続けていた。研究者の男の理想で夢の話だった。
曰く、世界を平和にするには競争をなくせばいい。人と人の衝突を減らせばいい。ならば、どうすればいいか。そもそもの人と人との関わりを絶てばいい。隣の芝が青く見えるから争いが起きるのだ。だから機械にすべてを任せるようにした。人と接触しても無垢な笑顔であればけんかになるはずもない。だから笑顔を強制した。すべてはこの世の平和のため。とのことだ。
感激すると思っていたのだろうか。旅人がまったく反応を示さないのを不満に思った研究者の男は再び旅人の顔を覗き込んだ。
研究者の男の長話の間にすっかり体を動かせるようになった旅人は頭突きをかまし、逃走を始めた。
研究所の広い構内を走る。研究者に見つかると追手がさらに増える。旅人の背後から地響きのような足音が迫ってくる。
はやく、はやく、もっとはやく。足がちぎれてもいいから、とにかく逃げなくてはいけない。できるだけ遠くに。
走る速さはどんどん早くなっているはずなのに、背後から聞こえる足音が先ほどよりも近づいてくる。景色が通り過ぎるのもだんだんと遅くなっているような気がする。滑車を走るモルモットにでもなったような気分だ。
ふと視線を感じ、横を見ると、影がひとりでに動いていた。自分にくっついているはずの影が。それは浮き出て実態を持った。
そうして僕を抱きしめるように腕を回してきて、にたりとお手本のように不気味な笑みを浮かべた。
「つかまえたア」
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