第3話
ガラスのショーウィンドウ。宝物のように展示された品々。小綺麗な恰好をして歩く人々。道のあちこちで稼働している外用掃除ロボット。
この国の目玉のともいえるメインストリートは、あまりに煌びやかで綺麗すぎた。
砂埃にまみれ、あちこちつぎはぎだらけの装いである旅人は、自分が、いつ掃除ロボットにゴミだと判断されてもおかしくない出で立ちなことに気が付き、途端に恥ずかしくなった。
身の丈に合わない場所にいるせいか、すれ違う通行人の笑顔が自分を嗤っているかのように見える。街に響く雑踏が自分を嘲笑する声のように聞こえる。この街は何とも言えないくらい息が詰まる。
右を見ても左を見ても、皆小綺麗な恰好をして楽しそうに歩いている。どう見ても自分のような容貌の者がいていいような場所ではない。しかし、逃げようにも逃げられるような場所が見つからない。
旅人は耐えられなくなって、道の端に寄るとしゃがみ込み、顔を膝に埋め、小さく縮こまった。
しばらくそうしていると、何やら声をかけられた。幼い少女の声だった。
「お兄さん、大丈夫? おなか痛いの?」
顔を上げると、一人の少女が立っていた。少女の表情は何の感情も持っていないかのように無表情だった。しかし、そんな表情とは裏腹に、声色には心配の色がにじんでいた。
不思議で独特の雰囲気を持つ少女だった。
少女は、道行く人々のように目が合っても笑みを浮かべない。そのことが今の旅人にとっては救いだった。
「お兄さん、顔真っ青だよ。……立てる? マシなところに案内してあげる。ついてきて」
よっぽどひどい顔をしていたのだろう。
少女はそういうと、旅人がのろのろと立ち上がるのを待ち、旅人の手をつかんで歩き始めた。少女の手は小さくて暖かくて、でもしっかりと旅人の手をつかんでいてくれた。相変わらず、表情に変化が見られないが、むしろ笑顔を見ないでいられることが旅人には救いだった。
自分が惨めに思える街並みを見ないようにひたすら下を向いて歩いた。少女に案内されるままに足を動かした。
しばらく歩くと、ふと地面の感じが変わったことに気が付いた。
思わず顔を上げると、そこは古びてはいるものの人間らしい生活感のあふれたところだった。どうやら路地裏に連れてこられたようだ。
「お兄さん、ここなら大丈夫そう?」
声色に気づかわしげな色をのせて聞いてくる。
「……ああ、ここなら。ありがとう」
旅人は少女に礼をしたいと申し出ると、それなら彼女の祖母が細々とやっている宿屋を利用してくれという。
そんなことでいいのかと思い、再三確認したが、祖母の宿を使ってほしいというばかり。
幸い、予約している宿屋などなく、ぼんやりと宿泊場所を探さなくてはと思っていたので、渡りに船な話だったが、それよりも、そんなことを礼としてしまっていいのかという気持ちがおおきかった。
少女の祖母の宿屋は、とても居心地の良い場所だった。
インテリアはウッド調で統一されており、食事はけして豪華ではないが優しく、どこか懐かしさを感じるような味付けだった。
食事を終え、部屋に移動する。
先ほどの部屋と同じようにウッド調でそろえられたインテリアや観葉植物など、部屋にとてもセンスの良さを感じるが、一番に目に入ったのは部屋の中央に鎮座する大きなベッドの存在だった。
この国にたどり着くまでの間の肉体的疲労に加え、街中での精神的疲労がピークに達したのだろう。旅人は荷物を降ろすと、ふらふらとベッドに近づき、糸が切れたかのように倒れ込む。すると数秒もしないうちに寝息を立て始めた。布団からは日光をたっぷりと吸ったにおいがしていた。
心地よいまどろみの中で、少女の声が聞こえた気がした。
最初は焦り、徐々に必死さが増していく。
『にげて‼』
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