41. 終幕
オダイン樹海の魔物溢れ。その元凶がレクトの従魔となったことで、騒動は一応の収束へと向かっている。
樹海の外縁部で防衛ラインを維持していた領軍や冒険者たちもようやく一息つけるくらいには魔物の数も減ってきている。遠からず、街に帰還できる見通しだ。
「そうか。レクト殿はガンザスへ報告に向かったのか。一度くらいお会いしたかったのだが、仕方がないな」
フォルテからの報告を聞いて、冒険者たちを指揮していたクリサンテが残念そうにそう言った。
クリサンテのイメージするレクト像はもはや偉人と讃えられる水準まで来ている。魔族の侵攻をごく少数の人員で食い止めたという功績を考えればおかしなことではないのだが、実際のレクトを知るフォルテからすればどうしても乖離を感じる。
問題は、クリサンテが彼のイメージでレクトのことを語るので、他の冒険者たちも「偉人レクト」というイメージが広がっていることだ。これがトラブルの種にならなければいいが、とフォルテは密かに心配していた。
「フォルテたちはこれからどうするんだ?」
「クレシェがレクトと一緒に報告に戻っているので、俺たちも合流しようと思っています」
「そうか。わかった。しばらくはゆっくりと休むといい」
現在、クレシェは、レクトたちに帯同したまま、彼らが空間魔術でガンザスに帰還している。情報は全てプニョを介してやり取りしていた。どうやらプニョは分身同士で意識を共有しているようだ。少なくとも、樹海とガンザスくらい距離ならば問題なくやり取りできていた。
フォルテたちはオダイン樹海の討伐任務に最初期から参加している。そのこともあって、彼らの離脱はあっさりと認められた。
そして、オダイン樹海の外縁部にはレクトの実像を知る人物が誰一人としていなくなった。憶測が憶測を呼び、「偉人レクト」という虚像が加速度的に作り上げられていくのだった。
◆
ガンザスの従魔師ギルド。その応接室に数人の人物が集まっていた。
一人は従魔師ギルドのマスター、ラルドロウ。その隣に座るのが冒険者ギルドのマスター、ジェフターだ。二人とも眉根を寄せて渋い表情を浮かべている。
対面して座るのがレクトとルナル、そしてクレシェだ。従魔となったカルディスはソファで控えている。
「ええっと、すみません。もう一度説明してもらえませんか」
「信じられないかもしれませんが、全て事実です」
「いえ、信じてないわけではないんです。ただ脳が理解を拒否しているのか、ぜんぜん頭に入ってこないんです」
「……気持ちはわかります」
やり取りの中心はラドクロウとクレシェだ。しかし、なかなか話が進まない。いや、既にクレシェが一通り話し終えてはいるのだ。しかし、ラドクロウにはどうにも受け入れ難い内容だったようだ。
まず今回の騒動が魔族の侵攻だと聞いて危機感を強めた。各国が一丸となって対応しなければならないほどの事態だ。それでもギルドマスターとして、事実は事実と認め、対応していく気概はある。
敵の首魁をレクトとルナルで圧倒したというのも受け入れることはできる。かつての勇者でもなし得ないほどの偉業。それでも、あの緋の魔女の関係者なのだ。十分にあり得る。
しかし、なぜ、どうしたら、その首魁を従魔にしてしまうのか。いや、しようと思ってできることでもない。知性が高い生物はそれだけ従魔契約への抵抗能力も高い。よほど心を折られない限り成功することはないのだ。
魔族の心を折るとはどれほどの苦行を課したのか。傍らに控える魔族の目からはすっかりと光が消えている。同情はしないが、憐れには思った。
「まだ受け入れられないこともありますが、だいたいは把握したと思います」
ラドクロウはどうにかそう言うと、ジェフターに目配せした。ジェフターは頷く。
「今回、冒険者ギルドの要請で事態収束に尽力していただきました。魔族の侵攻を防ぐという結果はまさしく偉業。冒険者ギルドとしてはSランク冒険者の称号を受け取って頂きたいのですが……」
冒険者ギルドのランクは通常、Aランクが最上位。しかし、人類全体への著しい貢献があった場合、Sランクの称号が贈られる。名誉称号で実質的な権限はAランクと変わらないが、得られる栄誉は桁違いだ。ギルド史上でも未だ数人にしか与えられていない。
Sランク冒険者なって貰えれば、冒険者ギルドは無条件にレクトを庇える。それほどまでにSランク冒険者というのは特別な存在なのだ。そして、庇うということは味方側に立つということ。つまり、冒険者ギルドはレクトとの対立を徹底的に避けたいという思惑があるのだ。
しかし――
「Bランクがいい」
レクトは何故かBランクを望んだ。
「な、なぜです?」
「フォルテたちと一緒」
「な、なるほど」
フォルテたちの現在のランクはB。今回の騒動への貢献でAランクに昇格させる予定だったので、レクトもAランクへの昇格は受け入れてくれるだろう。だが、ジェフターは前述の理由からとにかくSランクに昇格させたかった。そこで、ジェフターは前代未聞の決断を下す。
「では『導きの天風』の面々もSランクにしましょう! それで問題ありませんね!」
「はいっ!?」
ジェフターの大胆な決定に、クレシェが驚きの声を上げる。しかし、それは黙殺されることになった。従魔となった魔族から侵攻の全貌を聞き取ったり、他国への警戒を促したりとすべきことは山のようにある。些細なことに時間を使っている場合はないのだ。
こうして、レクトとそのオマケで『導きの天風』はSランク冒険者となることが決まった。そして、この日以降、レクトの名が歴史に刻まれることになるのだった。
――――――――――――――――――――――
ここまで読んでくださった皆様、
ありがとうございます!
中途半端ですが、
本作はここで完結とさせていただきます。
本作に関したあれこれは近況ノートに
書きますので興味がある方はご覧ください。
レクト君の魔術は何か変! ~異世界の魔術に常識なんて通用しません~ 小龍ろん @dolphin025025
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