重力トレーニング
致死毒の影響で、レクトは死に瀕した。だが、死ななかった。この差は大きい。レクトには魔術の条件発動や待機状態の再設定ができる。広域の呪いに対抗するために使った、あの技術だ。そして、それは当然、解呪以外にも使える。むしろ、主な運用方法は別にあった。その一つが、肉体損傷により死に瀕した場合に、傷を回復するという条件発動術式。この術式も、発動後、自動的に同条件で再設定されるような再帰処理が仕込まれているのだ。
致死毒の風を受けて瀕死状態に陥るたびに回復術式が発動し、レクトを生かし続けた。そして、致死毒が完全に霧散した今、完全に回復した状態でレクトは立ち上がったのだ。
一連のやり取りでレクトの認識も変わった。最初は、ただ忌々しいだけの存在。淡々と攻撃して、倒してしまうつもりだった。
だが、カルディスは意外にも強かった。レクトの空間魔術による攻撃に耐え、その上で致命的な反撃も繰り出してきたのだ。
その上で、レクトが思ったことは――
強い魔物を従魔にして育てたら、きっと最強の従魔になるはず!
という斜め上の発送だった。そして、残念なことに、レクトのストッパーであるはずのルナルは、ひさびさの大怪獣バトルにはしゃいでいて、そばにいない。
かくして、レクトは従魔化作戦を実行した。ひとまず、現状で従魔契約が結べるか確認すべく、魔術を行使する。
「従魔契約だと!? 愚弄する気か! 我は誇り高き魔族、カルディス。愚昧な人間に隷属することなどありえぬ!」
だが、さすがにカルディスには抵抗されてしまう。その際に何かゴチャゴチャ言っていたが、レクトは全て無視した。
現段階で従魔化するのは無理だったが、だからといって不可能というわけではない。あくまで現段階での話だ。
従魔契約を成立させるには、対象の友好関係を築くか、対象を屈服させる必要がある。友好関係を築くにはもはや手遅れ。ならば目指すのは、心を折ることだ。
レクトは手始めにカルディスの周囲に石壁を生成した。その上で石壁の内部の重力を強める。手始めは三倍。
重力が三倍は、言うなれば自分の体重の二倍の重りを付けたような状態だ。普通の人間であれば身動きするのも難しいが、頑強な肉体を持つ魔族ならばそれなりに動ける。
「ぐっ、なにが……? 体が重い……」
とはいえ、突然体が重くなるという未知の現象にカルディスは戸惑いを隠せない。
レクトは石壁の上から、その様子を冷徹な研究者のような顔で見下ろした。
「従魔契約、する?」
「馬鹿にするなっ! この程度のことで――」
「そう」
カルディスの言葉を最後まで聞くことなく。追加の魔術を発動した。発動したのは、対象の足元から先端の尖った石柱を発生させる〈アースグレイブ〉のような魔術。
「ぐっ……!」
魔術の発動を察知して、重い体を引きずるようにしながら、カルディスは何とかそれを避ける。だが、その魔術はそれで終わりではない。発生した石柱はすぐに消え去り、代わりの石柱が新たにカルディスの足元に発生するのだ。
避けても避けても追いかけてくる石柱。体力は削られ、精神も摩耗する。それでも、カルディスはどうにか避けきった。百本の石柱を発生させたところで、レクトが一旦手を止めたのだ。
「うん。なかなか優秀。もう少し間隔を狭める」
「なっ!? ま、待て。これ以上は……」
「大丈夫。まだいける」
既に白旗を上げそうな気配のあるカルディスの言葉を遮って、レクトは作戦を続行。全ての石柱を避けられたので、今度は少し難度を上げることにした。
レクトの目から見て、カルディスはまだまだ余裕がある。今の段階では従魔契約は結ぶことも難しいだろう。下手をすれば、手を緩めた途端に反撃に転じるかもしれない。
従魔にすることは決めたが、だからといって、これまでの怒りを忘れたわけではない。レクトはカルディスに対して容赦するつもりは微塵もなかった。むしろ、従魔とするからには、責任をもって、しっかりとお仕置きをしなければならないという考えだ。
それからレクトは重力をジワジワ増やしたり、石柱だけではなく火球を追加して手数を増やしたりと、やりたい放題だった。途中、カルディスが負傷したら回復させて再チャレンジだ。
「た、頼む。もう決して逆らいはせぬ。もう、やめてくれ!」
重力七倍、石柱と火球三つずつの超高難易度モードに突入する直前。カルディスの心はついに折れた。
異常な負荷に、容赦のない攻撃。それでも殺されることなく、傷を負えば強制的に回復させられる。そして、休む間も地獄の拷問のような所業が続くのだ。
何より心を蝕んだのは、自分にそれを課しているのが人間の子供だという事実。あれが一般的な人間ではないということはカルディスも承知している。しかし、それでも下等と見下していた人間に実験動物のように観察されながら藻掻いている状況に、そんな状況を許している無力な自分に、耐えることができなかったのだ。反撃しようにも、どういうわけか魔術は発動直前に霧散してしまう。原理はわからないが、あの子供が何かをしているのは間違いない。
無力なはずの存在に見下される自分。この状態を抜け出すにはどうすればいいのか。カルディスが無意識に下した判断が、レクトを上位存在と認めることだった。あれは魔族をも超越した存在だ。あれに負けるのであれば仕方がないと認識することで、自らの状況を正当化したのだ。
カルディスの申し出に、レクトは少し考えたあと頷く。その後の従魔契約はあっさりと成立し、魔族の従魔が誕生することになった。
カルディスは確かに強かった。そして、強いが故に、レクトの過酷なお仕置きにも適応し、乗り越えてしまった。そのせいで、レクトが「このトレーニングは使える」と思い込んでしまったことを彼はまだ知らない。従魔になったとしても、彼に平穏が訪れる日は遠い。
カルディスを従魔としたことで、今回の騒動は収束へと向かうだろう。プニョとクレシェ、そして途中から加わったルナルの活躍で、周囲にはほとんど魔物の姿がない。
強い従魔を仲間にして満足げなレクト。久しぶりに大暴れできてスッキリとした表情のルナル。美味しそうな匂いがする触手の焼き物を手に入れてウキウキなプニョ。
対して、クレシェは頭を抱えていた。
魔族の侵攻は国家どころか世界を揺るがす大事件だ。その首謀者のひとりをこともあろうか、従魔にしてしまったのだ。情報を引き出すという点では有利だが、その魔族によって被害を受けた人たちは納得できるだろうか。
とはいえ、それらはクレシェが考えることではない。上の人たちが上手い具合に処理するだろう。そう考えて、全てを丸投げすることにした。クレシェがすべきことはギルドマスターに正確な報告をすること。レクトたちに任せると魔族は大した強さではないと誤解が生まれかねない。戦いではあまり活躍できなかったが、ここではしっかり役割を果たさないと、とクレシェは心に誓ったのだった。
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