魔族の意地
レクトたちに人型の魔物と称されていた存在――カルディスは、ルナルにはたき落とされたあと、蠢く魔物たちの群れからどうにか這い出ることに成功した。
レクトたちは誤認しているが、カルディスは魔族と呼ばれる存在。ワーウルフやオーガなどの人型魔物とは異なる。広い意味では人族やエルフが属する人類と同じ分類である。
しかし、基本的には魔族は人類の敵として認識されている。理由は明確で、魔族が他の人類を排除し、世界の支配を目論んでいるからだ。
魔族は強靭な肉体と膨大な魔力を持ち、場合によっては魔眼に代表されるような特殊な能力を持つこともある。種族としての能力は非常に高い。それ故に、他種族を見下し、自らが支配の頂点に立とうと他種族に対して侵攻を企てるのだ。
カルディスがオダイン樹海で魔物を増やしていたのも、近々予定されている大規模侵攻の一環であった。樹海の中で密かに戦力を増やし、ハルフォン辺境伯領を一気に制圧するのが、彼に与えられた役割だったのだ。
途中までは上手く行っていた。異変に気づいたらしい人間たちが魔物の数を減らそうと躍起になっていたようだが、それでもこちらの戦力増強速度には及ばない。このまま戦力を増やし、もう少しで侵攻作戦を決行できるというときに思わぬ妨害が入った。
「なんなのだ、あの巨大狐は! このままでは我らの計画が頓挫してしまうではないか。なんとしてでもここで仕留めねばならん」
幸い、巨大狐――ルナルの注意はこちらに向いていない。今ならば隙をついて攻撃することも可能だ。
カルディスが渾身の魔術を放つべく精神を集中させる。だが、その魔術が放たれることはなかった。巨木をも断ち切る風の刃が、魔物たちを両断しながら、迫ってきたからだ。
カルディスは魔術を中断して、回避に集中せざるを得ない。カルディスの身体はオダイン樹海に住む魔物たちに比べても遥かに頑強であるが、それでも、その風の刃を魔術障壁なしに受ける気にはなれなかったのだ。転がりながらも、どうにか回避した。
「何者だ!」
カルディスは攻撃の発生源へと向けて声を上げる。
誰何に答えは返らないが、その姿はすぐに明らかになった。魔物の死骸を分解し消滅させながら歩いてきたのは人間の少年だ。もちろん、レクトである。
「人間の童如きが舐めた真似を……!」
見下す言葉は必死の虚勢だった。内心では混乱し、恐れている。幾多の魔物を瞬時に葬り去った風の魔術。そして、今、次々とその死骸を消滅させている未知の魔術。果たして、目の前の存在は本当に人の子なのか。
「思ったよりも強い? でも。――潰す」
少年が呟いた瞬間、カルディスは自らの死を幻視した。本能の警告に従い身をよじった直後、なんの予兆もなく空間が歪む。
歪み巻き込まれたカルディスの右手は、一瞬でねじ曲がり、使い物にならなくなった。もし、あの瞬間、身をよじるのが少しでも遅れていたら、全身が巻き込まれて事切れていたことだろう。
「な、なんだ、今の魔術は!? 空間魔術か……? まさかそんなことが!?」
激痛に耐えながらカルディスは思考を巡らす。
先刻の魔術は何か。
――不明。だが、空間魔術である可能性が極めて高い
先刻の魔術を防ぐことはできるか。
――空間魔術であれば否。魔術障壁を張ろうとも空間に作用されれば防ぎようがない。
先刻の攻撃を耐えることは可能か。
――否。まともに喰らえば死は免れない。
では、勝機はないか。
――断じて否。奴の肉体強度はあくまで人間並み。我が攻撃を以てすれば葬り去ることは可能。
ならば、とっておきの一撃をお見舞いしよう。
カルディスは必殺の一撃を見舞うべく、準備を始めた。カルディスには致死毒生成という能力がある。その能力で生成した致死毒を気化させ、風魔術で一気に散布するのだ。事前知識がなければ防ぐことはほぼ不可能。
難点は風魔術で制御したとしてもある程度の拡散は免れないこと。つまり、周囲を取り巻く魔物たちもそれなりに被害が出ることだ。だが、目の前の存在を確実に仕留めるためには、その程度の損失など無いに等しい。計画に多少の遅延は生じるだろうが、魔族が世界を手にする上で確実に障害となる人間を排除できるのなら十分な成果だ。
子供の形をした不条理な存在は、幸いなことに何かに気を取られて動きを止めている。機は今しかない。
「喰らえ、我が死毒の旋風を!」
死の風が渦を巻き、カルディスの周囲で吹き荒ぶ。風に巻かれた者たち一様に、肌は爛れ、肺は焼かれて、倒れ伏す。そこに例外はない。
そう、レクトすら例外ではない。
まだ、生きてはいる。だが、確実に死は間近だ。皮膚も肺も損傷が激しく、呼吸すらもままならないのだから。
「ふ、ふはは! 仕留めたぞ! ふははははは! 厄介な相手ではあったが、我が力の前では無力なのだ! 次はあの巨大狐を仕留めねば。ぐっ……深手だが、やるしかあるまい」
地に伏すレクトから視線を外し、カルディスは次のターゲットを探して視線を彷徨わせる。
だが――
「訂正。思ったよりも
カルディスの背後から聞こえるはずのない声が聞こえた。
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