触手を焼く
「あれね」
ルナルが見据えるのは未知の魔物。近しい存在を上げるとすればクラゲだろうか。毒々しい体色の軟体生物。幾本の触手をユラユラと揺らめかせている。不意に、一際太い触手がゴポリと膨れ上がった。瘤のような膨らみは根元から先端へと徐々に移動していき、無数の何かを吐き出した。
「魔物を産んでる……? しかも、種類もぐちゃぐちゃだよ!?」
あまりの悍ましさにクレシェが叫んだ。未知の存在がぐちゃりと吐き出したそれは、様々な魔物が絡まり一塊になったもの。絡まった魔物たちは暴れるでもなく、小さくもがき、解れ、やがて付き従うかのように、未知の存在の周囲に控えた。
「あれが元凶? 人型魔物だって聞いてたけど」
使い魔で空から偵察したクリサンテの報告によれば、人型魔物が何らかの方法で魔物を生み出しているということだった。しかし、あのクラゲモドキを人型と称するには無理がある。
「よく見なさい。上の方になんかいるわよ。あれでしょ」
指摘を受けてよく見れば、確かに未知の存在の上に、人型の魔物が立っているのがクレシェにもわかった。
上空からの偵察では木々に隠れてクラゲモドキがよく視認できなかったのだろう。その上に立つ人型魔物と断続的に増える魔物だけが報告されたようだ。
悍ましく、巨大な未知の魔物。確かに不気味な存在ではある。だが――
「なんか、思ったよりも迫力がないね」
クレシェにそんなことを言われる始末である。
確かに、クラゲモドキは大きい。大きいが、半分に分かれたプニョと同サイズである。つまり、プニョ本体の方がでかい。レクトたちが合流してきたとき、迫るプニョを見上げた圧迫感に比べれば、それほど恐ろしくもない。完全に基準値がバグっている。
「魔物を生み出す能力は面倒だけど、それだけね。あれは私が相手をしようかしら。ずいぶんと長く人化を続けたから、久しぶりに一暴れしたいわ」
ルナルが気負いもなく言う。ちょっとしたエクササイズでも始めるような気安さだった。
「僕はあいつを潰す」
レクトの標的はもちろん人型の魔物。レクトは静かに怒っていた。せっかく馴染んできたガンザスに害をなそうとするばかりか、自分の家の庭近くまで魔物まみれにされたのだ。すぐにでも何をしでかしたのか、思い知らせてやらねばならない。
「あ、じゃあ、私はプニョちゃんと一緒に取り巻きを片付けておくね」
「プニョォォ!」
クレシェの思いはただひとつだ。レクトとルナルの戦いに巻き込まれたらたまらない。それだけだった。とにかく距離をとって、遠巻きに戦おうと考えている。賢いプニョはクレシェの意図を汲み取って了承の意思を示す。ひょっとしたら、クレシェと同意見だったのかもしれない。
■
レクトが魔術を発動すると、大地が隆起し、レクトとクラゲモドキを繋ぐ道となった。その道をレクトが走る。取り巻きの魔物などには目もくれない。一直線に元凶の人型魔物を目指す。
「あら、この距離くらいなら私が運んであげたのに」
それを見てルナルが呟いた。その直後、彼女の体を眩い光が包む。光の中、輪郭は歪み少女の姿は別の何かに変わっていく。
それは巨大な狐だった。クラゲモドキには及ばないものの、それに迫る巨躯。鬼火を纏った凛々しい姿は神々しささえも感じさせる。見る者を惑わすように、4本の尻尾がゆらゆらと揺れていた。
変化を終えたルナルは猛然と走り出す。蠢く魔物など何の障害にもならない。路傍の石の如く、弾き、踏みつけ、蹴飛ばしながら進んでいく。すぐにレクトに追いつくと、そのまま彼を抜き去った。
ターゲットは目前。だが、不可視の障壁がルナルの行く手を阻んだ。
「よもや、呪いの結界を超えてくる者がいるとはな。その出で立ち、尋常な存在ではあるまいが、我が力を注いだ障壁を破るのは不可能。そのまま魔物どもに――」
人型魔物が何か喚いているのを聞き流しながら、ルナルは障壁を確認する。
それなりに頑丈そうだが、それだけだ。攻撃を反射するタイプであることを危惧して突撃するのを控えたが、そうでないなら立ち止まる理由もない。
ルナルが右の前足を振り下ろすと、障壁はキシリと不快な音を立てた。ほんの数秒の間、障壁はルナルの攻撃を受け止めたが、すぐにひび割れ粉々になり、魔力の残滓となって消え去った。
「なっ!? 馬鹿な! 我が力を注いだ障壁だぞ! それをこれほど容易く――ぐわっ!?」
「はいはい。あなたの相手は私じゃないのよ。邪魔しないで」
なおも喚く人型魔物を、ルナルは容赦なくはたき落とした。人型魔物は勢いよく吹き飛び、近くの魔物の群れに突っ込んでいく。どうやら、力加減を間違えたようだ。流石に死んではいないと思うが、魔物に埋もれて姿を見つけるのも困難になってしまった。
レクトに悪いことをしたと思いながら、クラゲモドキへと向き直る。クラゲモドキもルナルを脅威と認めてか、無数の触手伸ばしてきた。
一本、また一本と迫る触手をルナルが高速で捌く。鋭利な爪が触手をいともたやすく切り裂き、纏った鬼火がそれを焼く。その結果、周囲には食欲を誘う香りが立ち込めた。毒々しい見た目なのでとても食べる気にはならないが、匂いだけならば、はるか昔に食べたゲソ焼きを彷彿とさせる。
「クラゲモドキじゃなくて、イカモドキだったかしら」
ルナルはそんなどうでもいいことを呟いた。
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