常時発動で広域への呪い

 レクトたちを乗せたプニョはオダイン樹海を北西方向に進んでいた。すでに冒険者たちですら足を踏み入れることがない深部と呼ばれるエリアに達している。


「このあたりの魔物になると、なかなか手強くなってくるのよね」


 ルナルがプニョの上から地表を見下ろしながら言った。そんなことを言いつつも手を出す様子はない。


「手強いって言いながらも、プニョちゃんがほとんど対応してるけどね」


 クレシェが呆れた様子で言った。

 『導きの天風』の四人でも魔物の量に押されて、深部には至らなかったというのにスライムが一匹で無双しているのを見ると、世の理不尽を感じる。


 一応、クレシェも仕事はしている。少数ながら空を飛ぶ魔物が散発的に襲ってくるので、それを撃退しているのだ。


 とはいえ、もしクレシェが手を出さなくても、プニョがなんとかしていただろう。巨体によるのしかかり捕食のインパクトに隠れて目立たないが、遠距離攻撃をしてくる相手には的確に魔術で反撃している。プニョは遠近両対応で隙のないスーパースライムなのだ。


「クレシェ、あとどのくらい」

「そうだねえ、あともう少しのはずだけど……」


 レクトが問い、クレシェが答える。ちょうどそんなときだった。

 プニョの動きに異変が起こったのだ。


「ブニョォ……」

「なに? どうしたの!?」


 完全に無双状態であったプニョが、苦しげな唸り声を上げている。そんな事態にクレシェは取り乱した。少なくとも、特別な攻撃を受けたようには見えなかったのだ。


 だが、レクトは既に行動を起こしていた。魔術でプニョの状態を解析、原因を特定して問題へと対処する。


「プニョ、少し戻って」


 レクトの魔術で回復したプニョは指示に従って後退した。それを見届けてから、レクトは解析結果を皆に伝える。


「常時発動の広域への呪い。効果は精神侵食。少しずつ蓄積して、一定量を超えると発現。身動きが取れなくなって、最終的には乗っ取られる。ちょっと厄介」

「厄介ってレベルじゃないよ! それじゃあ近づけないし、向こうが攻めてきたら全滅確定だよ」

「まあまあ、落ち着きなさい。私達がいればどうとでもなるから」


 敵方の攻撃はかなり理不尽なものだ。まず広域の呪いというだけで、対処が難しい。解呪の使い手はそれほど多くないため、被害人数が増えれば対処できなくなる。


 その上に常時発動。影響範囲内では常に呪いを受けるため、そのたびに解呪をする必要がある。また、解呪魔術は基本的に近距離で使用するもの。解呪対象が呪いの影響範囲にいれば、解呪するためにその領域内に踏み込むしかない。


 効果も精神侵食という凶悪なもの。精神を乗っ取られれば、洗脳されて敵の意のままに操られるのだ。ここまで増えた魔物が散り散りにならずに樹海にとどまっているのも、精神汚染の影響がありそうだ。ここにいる元凶に支配されているのだろう。


 普通に考えれば人の身で立ち向かうのが、無謀だといえる状況。この場では、クレシェの反応こそが真っ当だといえる。


 ただ、レクトとルナルが非常識なのは今に始まったことではない。言葉どおり、レクトにとってはちょっと厄介だと思う程度の事態なのだろう。そう思い至って、クレシェは少し落ち着きを取り戻した。


「なにか対処法があるんだね?」

「精神侵食は魔術でも対策できるはず。最悪でも影響は小さくできる。それに条件発動型の魔術を使えば解呪も自動化できる。蓄積量が一定値を超える前に発動する条件にして、解呪を実行。その直後に同じ条件で発動するように再度待機させておけばいい」


 流暢に解説するレクト。その姿を見て、クレシェは驚いた。口数の少ないレクトが、こんなふうにスラスラと長文を話す姿を想像していなかったのだ。少なくともガンザスで別れた頃のイメージとはかけ離れている。


「レクト君、たくさん喋れるようになったんだねー」

「練習した。弟子もできた」

「えっ、どういうこと? 魔術の弟子がいるの!?」

「魔術の弟子じゃない。けど、さっきの条件発動の仕組みはクレシェも使える……はず」

「本当!? じゃあ、私にも教えてよ。今回のことが片付いたら、私も弟子にしてね!」

「わかった」


 呪いの脅威とは関係のないところで盛り上がるレクトとクレシェ。すっかりと緊迫感がなくなっている。


「もうそのくらいにしておきなさいよ。無闇に怯える必要はないけど、ちょっと気が緩みすぎよ」

「あ、そうだね。たしかに」

「うん、わかった」


 ルナルの指摘で雑談も終わり、意識も再び戦いへと向かった。


「条件発動型の解呪はそれなりに負担が大きいから、それぞれで使うことにしましょう。クレシェの分はピカが担当ね」


 ルナルの指示に反応してピカの宝珠が一瞬輝いた。了承の合図だ。


「あれ、もしかして、私以外、全員使えるの?」


 レクト、ルナル、プニョ、ピカ。

 気がつけば、クレシェ以外はレクトファミリーの面々だった。


「うわぁ、凄く場違いなところにいる気がする……」

「いつまで、馬鹿なことを言ってるの。さっきまでの緊張感はどこにいったのよ」

「だってぇ……。いや、そうだね。そろそろ切り替えるよ」


 圧倒的な強者が味方にいる安心感から少々気が緩んでいるクレシェもBランク冒険者だ。そこからはしっかりと意識を切り替えた。


 すでに元凶は目前。騒動にけりをつけるべく、レクトたちは敵の攻撃圏へと足を踏み入れた。

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