緋の魔女の弟子

 フォルテたちを乗せた1/2サイズのプニョは樹海の外縁部へと進む。進路上の魔物は抵抗もできず、ただ取り込まれていくだけだ。既にプニョ本体の容積を上回る量の魔物を取り込んでいるはずたが、その勢いに陰りは見えない。何故なら、取り込んだあとに亜空間魔術に放り込んでいるからだ。後日おやつとして頂く予定である。


 プニョの周囲を爆走しているのが、クレイジー・キャリッジのラッシュだ。樹海の木々も何のその。常識外れの猛スピードは樹木も魔物も例外なく引き倒していく。その衝撃でラッシュの車体も破損していくのだが、そんなことはお構いなしだ。自動修復機能がついているので、壊れたそばから修復されていく。ちなみに、ラッシュが倒した魔物も樹木も、プニョがきっちりと回収している。


「もうそろそろだな」

「おい、プニョ。攻撃されても、反撃するなよ? 絶対だぞ!」

「ブニョォォ!」

「……伝わっているのかしら? ちょっと不安になるわね」


 フォルテたちは、既に樹海の境界に近い位置にまで戻っていた。じきに、防衛戦力として残っている面々と合流できるだろう。そのときの懸念となるのがプニョだ。戦力としてはこの上なく頼もしい存在だが、事情を知らない者からすれば恐怖の対象だろう。


 できれば前もって事情を説明してから合流したいところだが、1/2とはいえこの巨体である。接近を隠すことはできない。ある程度近づいた段階で恐怖に駆られた者たちから攻撃を受ける可能性は高いだろう。もし、プニョがそれに対して反撃すれば惨劇は免れない。


 プニョには事情を説明して自重するようにお願いしているものの、相手はスライムである。ちゃんと理解しているのか、フォルテたちはいまいち確信が持てなかった。従魔契約を結んだ当人ではないので、意思疎通に関しては不安が残るのだ。


 そのことを感じとったプニョが不安を払拭すべく行動を起こした。フォルテたちのすぐそばで、体の一部を切り離すと分身を作る。その分身は少しずつ形を変え、少年の――レクトの姿になった。


「大丈夫。ちゃんと伝わってるから。多少の攻撃くらいなら平気だけど、早めに説得してね」


 そして、レクトそっくりの声で喋ったのだ。


「お前、喋れたのかよ!?」


 コーダが驚きの声を上げた。

 スライムが話をするなど前代未聞。それどころか、知性に乏しい存在だと思われているのだ。それが状況を完璧に理解した上で流暢な言葉で返事をするのだから、驚くなと言う方が無理だ。


「ご主人様の真似をするのは得意なんだ」

「真似……で済む話なのか?」

「レクト君に関することで細かいことを気にしても仕方がない気がするわ……」


 ともあれ、意思疎通に不安がなくなるのはありがたいことだ。これで憂いが一つ消えたとフォルテたちが思っていたところに、レクト型プニョが不安を煽るようなことを言いだした。


「僕は問題ないけど、ラッシュ先輩はどうかな? 興奮すると周りが見えなくなる性格だから」

「それがあったか……」

「お前、アイツの手綱を握れないのか?」

「いや、向こうが先輩だからね……」

「スライムにも、そういう感覚ってあるのね……」


 レクトの従魔、入魂器物にも先輩後輩の力関係があるようだ。戦闘力ではプニョの方が圧倒的に上だが、あまり関係がないらしい。


「とにかく、僕が大き過ぎるから危険視されるわけでしょ? それなら、もうそろそろ地上をいけばいいんじゃない? 僕は分裂して小さくなるから」

「そうだな。そうするか。ラッシュをできるだけ人を近づけさせないように誘導することはできるか?」

「それくらいなら、大丈夫だよ」





 フォルテたちは、プニョの提案でどうにか防衛戦力を刺激せずに合流することができた。


 情報を共有するために、フォルテはクリサンテを探す。クリサンテはAランク冒険者として活躍するエルフの魔術師である。使い魔によって、オダイン樹海の魔物氾濫の元凶を突き止めたのも彼だ。今は防衛戦力の冒険者たちを指揮している。


 魔術師の戦闘は派手なこともあり、程なくしてクリサンテは見つかった。クリサンテもフォルテを認めて、周囲に一声かけてからフォルテの方へと歩いてきた。


「ここにいるということは、作戦はうまくいかなかったか……」

「俺たちでは無理でした。しかし、協力者が引き継いでくれています」

「なに?」


 フォルテは魔物の物量に押されて立ち往生しているときにレクトという協力者に助けられたこと、そして、協力者とクレシェが元凶を叩くために樹海深部に向かったことを説明した。


 クリサンテは少しの間、考え込む仕草をしたあと小さく呟いた。


「まさか、緋の魔女の関係者か……?」


 緋の魔女。フォルテにとっては初めて聞く言葉だったが、それがリンデルーダのことであることは察しがついた。


「緋の魔女というのが、オダイン樹海に住むリンデルーダという女性のことでしたら、その通りです。レクトはその弟子というか、養子というか、そんな存在ですね」

「遠目に見えたスライムは、そのレクト殿に関係しているのか? それにお前たちの装備も、だ。見た目は変わらないが、いつの間にか強力な性能を持つようになっていた。それもまさか?」

「そうですね。スライムはレクトの従魔だそうです。武器は……、一応口止めがあるので……」

「そうか」


 クリサンテは一瞬黙り込んだあと、口元を緩ませた。


「さすがに絶望的かと思ったが、レクト殿の協力が得られるなら勝てそうだな。従魔のスライムも協力してくれるのだろう?」

「はい。今も少し離れたところで魔物を倒してくれています」

「さすがだな」


 フォルテは少し戸惑っていた。説明するのが難しいと思ったことが、あっさりと納得されてしまったからだ。


 樹海で出会った実力未知数の協力者に作戦の要を任せた、と言われたならば普通は馬鹿だと思われても仕方がない。だというのに、クリサンテはあっさりと納得した。それどころか勝利を確信しているかのようだ。緋の魔女というアンタッチャブルな存在への評価がそのままレクトへの評価に上乗せされているのだ。


「聞け! 我々は強大な力を持つ協力者を得た! 彼の人の協力があれば、魔物の群れなど塵芥に等しい。すぐに事態は収束に向う。あと少しだ。あとほんの少し、耐え抜けばいい。やれるな!」


 クリサンテが突然、そんなことを言い出した。しかも拡声の魔術まで使ってだ。もちろん、意図は明らかだ。問題解決の目処が立ったことを知らせて、士気を高めるのが狙いである。だが、これによって、多くの冒険者が協力者の存在を知ることになる。レクトという名こそ出ていないが、こういうものは、どこかから漏れるもの。後々、噂になるのは間違いがないだろう。


「これ、俺が怒られるやつか……?」


 最後のひと踏ん張りと士気を高める冒険者たちの中で、ただ一人フォルテだけ士気が急落していた。


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